会長声明 2024年04月10日 (水)
離婚後共同親権の導入について、是非の判断も含めて慎重かつ十分に国会審議を尽くすことを求める会長声明
1 2024年3月8日、民法等の一部を改正する法律案(以下「改正法案」という。)が閣議決定され、同日、国会に提出された。
しかしながら、改正法案は、「家族法制の見直しに関する要綱」の素案を審議してきた法制審議会家事法制部会内の採決において、委員21名中、3名が反対、部会長を含む2名が棄権し、多数決で承認された。法制審議会は、通常、全会一致での答申を慣例としていることから、当該部会では異例の経過を経て答申され、閣議決定を経たものである。家族法の専門家で、当該部会の委員の1人でもある早稲田大学の棚村政行教授は、「離婚後もできるだけ協力するという理念を掲げ、単独親権以外の選択肢が新たに入ったことは大きい改革だ」と評価する一方、「共同親権が望ましい場合と単独親権の方がよい場合の基準や運用について十分な議論ができなかった」として、課題が残されている旨述べたと報道された。
また、パブリックコメントには8000通を超える一般個人の意見が寄せられ、法務省は、その意見の3分の2が共同親権に反対・慎重だったという割合を示したが、具体的な意見について全て開示されているわけではない。
当会は、離婚後も父母双方が子育てに適切に関わることが子の利益の観点から重要であるという理念自体を否定するものではない。しかしながら、離婚後共同親権の導入にあたり指摘されている懸念につき十分に審議を尽くさず、改正法案が今国会において拙速に審議、可決されようとしている現状に鑑み、その導入の是非も含めて慎重かつ十分に審議を尽くすべきであると考える。
2 改正法案においては、離婚後に父母双方が親権を行使する、いわゆる離婚後共同親権が導入されることとなっている。現行民法では、離婚をする際には父母の一方を親権者と定めなければならないところ(民法819条1項、2項)、離婚後共同親権が導入されると、両者の合意によらない場合にも裁判所が父母の双方を親権者と定めることができることになる。共同親権となった場合、子の利益のため急迫の事情があるときや子の監護及び教育に関する日常の行為を除き、進学、医療、居所指定等の重要な事項の決定については共同親権者である父母双方の合意が必要となる。
しかし、離婚後の共同親権が導入されると、共同親権という名の下で、高葛藤父母の間でもいわば共同養育が強制される可能性が否定できず、かえって子の利益を害する可能性がある。また、子の重要事項に関する意思決定について家庭裁判所の関与が激増することが見込まれる一方で、家庭裁判所の人的・物的体制の強化がいまだ不十分であって、特に、裁判官、調査官の絶対的な人数が不足しており、地方ではさらに人員削減される見込みであるようである。また、現状においても地方によっては家庭裁判所において早期に期日が入らないことがあり、そのような状況では適時適切な手続が望めず、子に不利益が生じうる。まずは、司法予算の拡大を図るべきであろう。
離婚後共同親権の導入にあたり指摘されている懸念の具体例としては、以下のものが挙げられる。
(1)離婚紛争の長期化
当事者間で親権者が決まらない場合は、家庭裁判所が判断することになるところ、現在の単独親権制度の下であれば、子の年齢、監護の状況、監護の継続性、安定性、子の意思等、長年の家裁実務で積み上げられた親権者判断の基準により、父母の一方を親権者と定めることができる。
しかし、共同親権が導入されると、裁判所は2段階の審理を要することになり、審理の長期化が懸念される。この点、裁判所は、2023年(令和5年)2月のパブリックコメント(以下、「裁判所意見」という。)において「父母の双方を親権者とするか一方を親権者とするかについて、要件該当性を判断し、次に、父母の一方を親権者とする場合には、父母のいずれかを親権者と定めるかを判断するという2段階の審理を要する上に、前者の争点を審理する段階では後者の争点について調査官調査を実施することができずに紛争が長期化するおそれがあ」る、としている。しかも、どのような事例で単独親権とするか、共同親権とするか、その判断基準については不明確である。
(2)子の重要事項に関する適時適切な意思決定ができず停滞するおそれがあること
離婚後共同親権では、子の進学、医療、居所指定等の重要な事項に関し、父母双方の合意が必要とされるが、具体的にどの程度の重要性を持ち、どのような事項について親権者双方の合意が必要か不明確である。そうすると、何が「重要な事項」かという前提段階で紛争が勃発してしまうことも考えられ、そもそも協議のスタート地点に至ることができないこともあり得る。
また、離婚に至る多くの夫婦は高葛藤状態にあり、子に関する事項だけ協力体制を築けるかというと、決して現実的ではない。結果的に、子にとって重要な事項の意思決定が適時に行えず停滞する上、離婚前と同様に子が父母の紛争下に長期間おかれてしまうことで、子が精神的な負担を抱え続けることにもなってしまう。
この点、改正法案では、父母の協議が調わない場合には、家庭裁判所が父母の一方が単独で決定することができる旨定めることができるとされているが、現状、家庭裁判所にそれだけの役割を担わせることは困難である。裁判所意見において、判断に緊急を要する場合であっても「当事者双方の主張立証ないし意見聴取に加え、審問や子の意向調査等があり得るとすると、裁判所の審理・判断には相応の期間を要し、調停手続の利用を前提とすればその期間も要するほか、不服申立ての手続も考慮すると、親権の行使が必要となる時期までに適切な審理を尽くすことができる制度となるかについては慎重な検討を要する」と、実務上の観点から具体的な懸念を表明しており、子の重要事項に関する意思決定が停滞してしまうおそれは払しょくできない。
なお、離婚後共同親権においても、「子の利益のため急迫の事情があるとき」や「監護及び教育に関する日常の行為」に限って、親権者が単独で決定できるが、そもそもどこまでが単独で決定できる「急迫の事情」や「日常の行為」の範囲なのかが不明確である。
(3)離婚後も虐待や DV の影響を受け続けるリスクがより高まること
改正法案においては、父母が合意しない場合でも家庭裁判所が共同親権を命じることができるとされた。また、改正法案では、DV・虐待があるような、共同親権が不適切な事案で共同親権が定められることにならないよう、裁判所における判断基準を定めてはいるが、虐待や DV は密室で行われる傾向にある上、特に精神的DV等においては客観的証拠を取得しづらいことから、その立証は容易ではない。その結果、裁判所が虐待や DVを看過して共同親権を命じてしまうおそれがある。
また、協議の離婚であっても、早期の離婚を望む DV 被害者は、離婚を急ぐあまり加害者の求めに応じて共同親権を選択せざるを得ない状況に追い込まれてしまうリスクもある。そうすると、加害者が子に関する重要事項の決定をするという名目で、被害者や子に関与し続けることが可能になり、被害者や子の心身が危険にさらされ続ける可能性が高い。
3 他方、改正法案に賛成する立場からは、現行の離婚後単独親権制では、養育費の未払いが生じやすくなる、非親権者と子との面会交流が十分に実施できないこと等から子の利益を害している、との指摘がある。
しかし、養育費に関しては、現行民法上、離婚後も親は子に対し扶養義務を負っているのであるから、養育費の支払義務があるのはいわば当然であって、新たに共同親権制が導入されることによって養育費の支払義務が発生するわけでもなく、支払いが確保されるものでもない。養育費の支払いの確保は、国の立替制度の導入を含め福祉的な観点からアプローチすることが肝要であり、共同親権の導入の理由とするのは的外れである。
また、面会交流に関しては、子の福祉に鑑み、各家庭の様々な事情を総合的に考慮することによって条件等を協議していくべきものであるから、共同親権を理由に子と面会しやすくなるという性質のものではないし、現行法上でも、面会交流を求める調停・審判手続を利用して面会の条件等を協議することは十分に可能である。むしろ、現行の制度をより充実するものにすべく、面会交流支援機関の充実等を図っていくことが目的に資するであろう。
4 以上のとおり、離婚後共同親権の導入については、重大な懸念が残されている状況にある。当会は、離婚後共同親権の導入については、子の意見表明権も含め、よりいっそう子の利益に資するための制度設計の具体的な検討が必要とされることに鑑み、導入の是非を含め、慎重に検討が重ねられるべきであると考える。
5 なお、先般、共同親権導入に反対する意見をメディア、SNS等で発信している愛知県弁護士会及び神奈川県弁護士会所属の弁護士に対する業務妨害事件も発生している。
現段階で、犯行目的や犯人の属性等は判明していないが、当該弁護士に対しては、インターネット上での誹謗中傷、危害を加える旨の告知、その他種々の嫌がらせ行為が続いているとのことである。
弁護士に対するこの種の業務妨害行為は、法の支配と表現の自由に対する重大な侵害行為であり、当会は断固抗議する。そして、今後も業務妨害行為に屈することなく、弁護士の使命である基本的人権の擁護と社会正義の実現のため全力を尽くす所存である。
2024年4月10日
福井弁護士会
会長 堺 啓輔