その他 2023年08月17日 (木)
福井県下の全ての市町に対し犯罪被害者支援特化条例の制定を求める要望書
第1 意見の趣旨
福井県下の全ての各市町において犯罪被害者等支援条例が制定されるよう、各市町長に対して要望させていただきます。
第2 福井県下の現状
福井県では令和3年4月1日に福井県犯罪被害者等支援条例(以下「県条例」といいます。)が施行されました。犯罪に遭われた方やそのご家族(以下「犯罪被害者等」といいます。)を支援する動きは近年全国的に広まりを見せており、地方自治体において犯罪被害者等の支援に特化した条例を制定し、犯罪被害者等をサポートする取り組みが進んでいます。福井県においても県条例が制定され、犯罪被害者等の支援が進んでいることについては、当弁護士会においても大変喜ばしく感じるところであり、県条例制定の動きが報道された際には、これを歓迎するとともに条例制定の際に必要と考えられる事柄について提言をさせていただきました(犯罪被害者等支援条例制定に関する意見書 2020年11月26日)。
上記意見書においては、県条例の実効性担保の提言として「もっとも住民に身近な地方公共団体である市町村と連携しつつ、犯罪被害者等支援施策を実施していく必要」を述べました。また、県条例においても、市町と連携して犯罪被害者等を支援する施策を進め、体制を整備することが求められています(第20条)。
しかし、福井県下の市町においては、越前市以外ではまだ犯罪被害者等の支援に特化した条例が制定されておりません。他県の状況をみますと、令和4年4月1日時点で全市町村に犯罪被害者等支援条例が制定されている府県は9つ(秋田、岐阜、京都、兵庫、奈良、岡山、佐賀、長崎、大分)あります。真に犯罪被害者等の支援を実現していくためには、市町を含めた地方自治体自らが支援条例を制定し、積極的な姿勢を示していくことが求められると考えます。
第3 支援の必要性
1 市民のよりどころとなるべき地方自治体の役割
犯罪被害者等は、犯罪行為による直接の身体的及び精神的被害に留まらず、様々な経済的、社会的負担を抱えます。医療費の負担や仕事ができなくなることでの収入減のみならず、事件の性質によっては加害者との接触を避けるための転居費用やそこでの入居費・生活費、マスコミへの取材対応、心身の故障による家事、育児、介護の負担増等、その悪影響は枚挙にいとまがありません。このような犯罪被害者等にとっては、常日頃から住居、医療、育児、介護分野を含む各種行政サービスを直接住民に提供する市町こそが、犯罪被害に遭った住民が頼る最も身近な組織として、被害者支援において果たすべき役割は大きいといえます。
しかしながら、上記の福井県内の現状を鑑みれば、市町において犯罪被害者の抱える様々な負担を取り除く役割を果たすための法的枠組みが必ずしも整備されているとは言い難い状況です。
2 市町の条例制定が必要な理由
(1) 犯罪被害者等支援法は、第5条において「地方公共団体は、基本理念にのっとり、犯罪被害者等の支援等に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、その地方公共団体の地域の状況に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。」として、市町を含む地方公共団体による犯罪被害者等のための施策の推進の責務を定めています。また、前述したように、県条例は、第20条において、市町と連携して犯罪被害者等を支援する施策を進め、体制を整備することを求めており、市町レベルの具体的な支援が必要であることを明記しています。
そして、具体的支援の法的根拠を明らかとし、市町による支援の継続性・永続性を担保するとともに、地方公共団体以外の関係機関・団体や住民を含む地域全体で横断的な支援の取り組みを進める上では、その根拠規定である条例が必要になります。
このように、立法政策上も、市町における犯罪被害者支援およびこれを具体化する法的枠組みとしての条例制定が要求されているといえます。
(2) 実際的にも、犯罪被害者等に必要とされる保健・福祉サービス等は市町が管理しており、県や警察、民間支援団体の支援には限りがあります。福井県が県条例に基づき令和4年3月に策定した「福井県犯罪被害者等支援計画」においては、犯罪被害者等に対する「保健医療サービスおよび福祉サービスの提供」に関する具体的施策として、「市町が行うひとり親家庭等への育児や介護等の福祉サービスについて、市町と連携した情報提供」を行うことなどが定められ、「居住の安定」に関する具体的施策としては、「状況に応じて犯罪被害者等の市営住宅等への優先入居が可能になるよう、市町に対して犯罪被害者等の居住の安定の重要性について訴えるなどの働きかけ」を行うことなど定められていますが、かかる県との連携や働きかけに応える市町側に、犯罪被害者等支援を念頭に置いたサービスや制度がなければ、迅速かつ的確な支援は期待できません。
また、県庁所在地(県における支援の拠点)から遠方の犯罪被害者等については、支援機関へのアクセスも容易でなく、かつ、支援に時間を要します。住民と身近な地方自治体である市町が主体的に支援を行うことにより、犯罪被害者等の生活を長期的に支えていく上での適切かつきめ細やかな支援が可能となります。
さらに、上記のような一部の市にしか条例が整備されていない現状は、被害者が居住する地域によって市町による支援の有無が決まるという不公平な状態を生じさせるものであり、いつ、どこで被害に遭うかわからないという犯罪被害者等の性質を併せて考慮すれば、早急にすべての市町において犯罪被害者支援条例を制定する必要性は高いといえます。
3 支援窓口充実化の必要性
市町に設置されている犯罪被害者等のための総合的対応窓口は、これからの中長期的な支援の基底となり、犯罪被害者等の「よりどころ」として欠かせない存在となります。
しかし、犯罪被害に遭われた方が必ず被害申告に至るかといえば、現状そうなってはいないというのが実情です。被害申告による周囲からの視線や二次被害等を懸念し二の足を踏む方も多く、また相談窓口が周知されておらず相談に思い至らない方もいます。相談もできない方々に救いの手を差し伸べなければ、真に安全・安心な住民生活は実現できません。さらに、犯罪被害者等が誹謗中傷や偏見等による二次被害に遭わないよう、市町の住民に対して犯罪被害の実情を周知し、犯罪被害者等の支援への理解を深める施策を行うことも、市町に求められる責務といえます。
4 小括
以上の点から、各市町においては、犯罪被害者支援の目的、理念、市町や住民等の責務や地域の特性にあった支援内容なども明記した条例を制定し、地域社会全体で犯罪被害者等を支えることを明らかする必要があります。かような条例の制定は、地域社会全体の安心・安全につながるとともに、どれだけ犯罪被害者等の支えになるか、その効果は計り知れません。
第4 具体的な支援内容について
具体的な犯罪被害者等に対する支援内容は各自治体において十分な検討と議論がなされるべきですが、特に市民窓口に専門相談員を設置することと、支援金・見舞金制度は是非盛り込んでいただきたいと考えております。
まず専門相談員に関しては、犯罪被害者等がワンストップで支援を受けられるよう、専門的な知識を習得した窓口人材の育成とともに、役所内の連携体制が重要となります。犯罪被害者等は犯罪被害を受け、精神的にも経済的にも苦しい状況で、藁をもつかむ思いで窓口を訪れます。このような犯罪被害者等が窓口をたらい回しにされるなど、さらなる精神的苦痛を被ることがないようにする必要があります。特に市・町営住宅のあっせん等の居住支援は県の窓口では対応できない、市町にこそ求められる役割です。相談員からすぐに市・町営住宅の担当課に連絡が行き、犯罪被害者等が優先的かつ素早く市・町営住宅への入居が可能となる、そのような体制づくりが必要と考えます。
また、支援金・見舞金制度は犯罪被害者等に対して一定の金銭給付を行う制度ですが、これも犯罪被害者等の生活を立て直す上で非常に有益な制度です。犯罪被害によって治療費が必要となったり、収入を断たれ生活に困窮したり等、犯罪被害者等は犯罪被害によって経済的に困難な状態に陥ります。このような状況で、素早く金銭支給が受けられることは、犯罪被害者等にとって何よりも助けになります。実例として、傷害を負った被害者に対する金銭支給制度に関し、福井県の犯罪被害者等支援金は、所得の条件があるほか、入院3日以上等を要する「重傷病」を負った被害者のみが支給対象とされていますが、越前市の犯罪被害者等見舞金は、医師の判断により全治1か月以上の傷害を受けた被害者であれば支給対象となり、実際にこの制度による支給実績もあります。県の犯罪被害者等支援金制度で対象とされる範囲が相当に限定されている状況ですので、市町の条例により支援の範囲を広げていただければ、より多くの犯罪被害者等を救うことにつながります。
その他の犯罪被害者等の支援策については、各市町において住民の意見を取り入れながら、地域の実情に即した支援内容を設置いただければと思います。例えば名古屋市においては、居住支援や支援金・見舞金制度のほかに、犯罪被害の直後で日常生活を送ることもままならない犯罪被害者等に対して、ホームヘルパーを派遣したり、食事の配達をしたりとユニークな制度を盛り込んでいます。また、京都市の条例では旅行中の外国人への支援策が盛り込まれていますし、犯罪被害者等支援で先進的な取り組みを行っている兵庫県明石市においては、「あかし被害者基金条例」という独自の財政的裏付けを基に具体的な支援サービスに応じた各給付金を支給したり、損害賠償金を市が立て替える(限度額300万円)制度があったりと、画期的な支援策を打ち出しています。
市町ごとの支援策は、各市町それぞれで検討いただくことになりますが、重要なのは支援策が真に犯罪被害者等にとって有意義なものとして活用されていくことです。そのためには、住民による検討会を設置する等、住民が犯罪被害者等支援に積極的に関わり、課題に応じた新たな支援策が生まれる仕組みが必要です。
第5 結語
犯罪被害者等基本法は第3条1項において「すべて犯罪被害者等は、人
の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する。」と定めており、支援を受けることは犯罪被害者等の「権利」であるといえます。基本的人権の擁護を使命とする弁護士(弁護士法1条1項)の団体である福井弁護士会としては、犯罪被害支援委員会を中心として、これまで以上に犯罪に遭われた方々の支援に取り組む所存です。福井県全体が犯罪被害者等に寄り添い、真に安心・安全な地域社会を築くためにも、各市町の立法、政策担当の皆様に対して、是非、犯罪被害者等支援に特化した条例を制定し、地域社会全体で犯罪被害者等支援が行われる態勢を構築していただけますよう、要望いたします。
福井弁護士会
会 長 麻生 英右