会長声明 2013年11月29日 (金)
生活保護法改正案の廃案と国民の生活保護受給権の実効的保障を求める会長声明
1 政府は,本年10月15日,「生活保護法の一部を改正する法律案」(以下「新改正案」と
いう。)を閣議決定し,本年11月13日には同法案が参議院で可決され,現在衆議院において審議中である。
2 当会は,本年6月12日,先の通常国会で審議されていた「生活保護法の一部を改正す
る法律案」(以下「旧改正案」という。)について,「生活保護法改正案の廃案を求める会長声明」を公表し,①違法な「水際作戦」を合法化し,②保護申請に対する一層の萎縮的効果を及ぼすという看過しがたい重大な問題があることから,その廃案を求めた。旧改正案については,批判の高まりの中,与野党協議により一部修正されたものが衆議院で可決されたが,国会の閉会に伴い廃案となった。
3 新改正案は,与野党の修正協議を踏まえ,申請の際に申請書及び添付書類の提出を求
める24条について,1項の「保護の開始の申請は…申請書を…提出してしなければならない」との文言を「保護の開始を申請する者は…申請書を…提出しなければならない」との文言に変更し,また,同条1項及び2項に,いずれも,「特別の事情があるときは,この限りでない」とのただし書を加え,申請の意思表示と申請書等の提出を概念的に切り離す形に変更されている。これに対し,扶養義務者への通知及び調査に関する改正案24条8項,28条及び29条については,一切の修正がなされていない。
4 先の通常国会審議における政府答弁等によれば,まず,改正案24条については,従前
の運用を変更するものではなく,申請書及び添付書類の提出は従来どおり申請の要件ではないこと,福祉事務所等が申請書を交付しない場合も,ただし書の「特別の事情」に該当すること,給与明細等の添付書類は可能な範囲で提出すればよく,紛失等で添付できない場合も,ただし書の「特別の事情」に該当すること等を,法文上も明確にする趣旨で原案を修正したとされている。
しかしながら,法文の形式的な文言のみからは,修正の趣旨がなお不明確であり,また,従前の運用を変更しないのであればそもそも法文の新設は不要なはずであるから,このままの規定であれば,法文が一人歩きし,申請を要式行為化し厳格化したものであると誤解され,違法な「水際作戦」をこれまで以上に,助長,誘発する可能性が極めて大きい。
5 また,改正案24条8項,28条及び29条については,前記政府答弁において,明らかに
扶養が可能な極めて限定的な場合に限る趣旨であると説明されている。しかし,かかる規定の新設により,保護開始申請を行おうとする要保護者が,扶養義務者への通知等により生じる親族間のあつれきやスティグマ(世間から押しつけられた恥や負い目の烙印)を恐れて申請を断念するという萎縮効果を一層強め,申請権を形骸化させることは明らかであり,到底容認できない。
前回の会長声明でも指摘したとおり,国連社会権規約委員会が本年5月17日に公表し
た「日本の第3回定期報告書に関する総括所見」においては,生活保護手続きの簡素化や申請に伴うスティグマの解消のための教育の実施等が勧告されていたのであり,いまわが国に求められているのは,この勧告の趣旨に沿って生活保護を利用しやすくするための制度の改善である。
6 これも前回の会長声明でも指摘したとおり,わが国の生活保護の捕捉率(制度の利用
資格のある者のうち現に利用できている者が占める割合)は2割程度とされており,他の先進諸国に比べて異常に低い。
われわれ弁護士は,本来生活保護を受けるべき人が生活保護を受けられず,きわめて困難な生活状況に追いやられている状況にしばしば遭遇し,その度に,日本国憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障すべき国の義務が果たされていないことに,強い憤りを感じてきた。だからこそ,違法な「水際作戦」を助長,誘発するおそれが高く,生活保護申請のスティグマを解消するどころかむしろ強めるような,今回の新改正案を,断じて容認できない。
よって,当会は,改めて新改正案の廃案を求めるとともに,国に対して,国連社会権
規約委員会の勧告にしたがって国民の生活保護受給権の実効的保障を行うよう強く求める。また,当会としても,今後,不当な「水際作戦」等によって生活保護申請が排除されることのないよう,生活保護の申請支援によりいっそう強く取り組むことを誓うものである。
2013年(平成25年)11月29日
福井弁護士会
会長 島 田 広