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声明・意見書

会長声明 2020年03月26日 (木)

検察官について違法に勤務延長した閣議決定に抗議し撤回を求める会長声明

1 2020年(令和2年)年1月31日,政府は,同年2月7日に定年退官する予定だった東京高等検察庁検事長について,国家公務員法(以下「国公法」という。)第81条の3第1項を適用し,半年後の同年8月7日まで勤務を延長することを閣議決定した(以下「本件閣議決定」という。)。検察官の勤務が延長されたのは,1947年(昭和22年)に検察庁法が制定施行されて以降初めてのことである。 
 政府は,今回の検察官の勤務延長について,検察官も国家公務員である以上国公法第81条の3による勤務延長は適用されるとして,本件閣議決定は適法である旨説明している。安倍首相は,本年2月13日の衆議院本会議において,これまでの公権解釈では検察官は勤務延長ができないとされてきたことを認めた上で,法解釈を変更したと説明した(以下「本件解釈変更」という。)。
2 しかしながら,以下に述べるとおり,検察庁法及び国公法の関係諸規定の文言及びこれらの諸規定の制定・改正の経緯に照らせば,検察官の定年制度は国公法上の定年制度とは別個の特例であって,国公法上の定年制度を前提として設けられた勤務延長の規定を適用する余地はなく,検察官の勤務延長を可能とする本件解釈変更は誤りである。
(1)すなわち,国公法第81条の2第1項は,「法律に別段の定めのある場合を除き」定年に達した職員は定年退職日に退職する旨を規定する。そして,同法第81条の3第1項は,定年に達した職員が「前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合」において,「職務の特殊性や特別の事情により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由がある」ときに勤務を延長できる旨を規定する。この両規定の文言からすれば,同法第81条の2第1項の定める定年制度の適用がない公務員について同法第81条の3を根拠に勤務を延長することができないことは明らかである。
(2)そして,検察庁法第22条は「検事総長は,年齢が65年に達した時に,その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する」と定めており,この規定が,国公法第81条の2第1項が適用除外とする「法律に別段の定めのある場合」に当たることは明らかである。
 検察庁法第32条の2は,同法第22条について,「検察官の職務と責任の特殊性」に基づいて国公法の特例を定めたものである旨あえて注意的に規定しているが,国家公務員に定年制度が導入された1981年(昭和56年)の国公法改正の際にも,同規定は改正されることはなくそのまま維持された。この国公法改正案が審議された国会においても,人事院は「検察官と大学教員は既に定年が定められ,国公法の定年制は適用されないことになっている」と明確に答弁していた。当時の国会審議の関連資料として,旧総理府人事局が1980年(昭和55年)10月に作成していた「国家公務員法の一部を改正する法律案(定年制度)想定問答集」と題する文書においても,検察官及び大学教員については「定年,特例定年,勤務の延長及び再任用の適用は除外される」と説明されていた。
 したがって,検察庁法第22条が,検察官の職務と責任の特殊性を考慮して定められた国公法上の定年制度の特例であることは疑う余地がない。
(3)検察官も国家公務員である以上国公法第81条の3による勤務の延長は適用されるとする今回の政府解釈は,「前条第1項の規定により退職すべきこととなる場合」に勤務延長を認めた同法第81条の3の解釈として明らかに無理があり,検察庁法第32条の2が,同法第22条所定の検察官の定年制度について,検察官の職務と責任の特殊性に基づいた国公法の特例とする趣旨とも整合しない。
(4)なお,法務省は,国会に提出した説明資料において,検察庁法第22条は定年年齢と退職時期について特例を定めたものであって,国家公務員が定年により退職するという規範そのものは国公法によっているから,検察官の定年退職も国公法第81条の2第1項に基づくものである旨説明している。
 しかし,検察庁法第22条は「検察官は…退官する」と規定しており国公法上の定年制度がなくともそれ自体「定年により退職するという規範」の根拠規定たり得るものであって,実際にも検察庁法上の定年制度が国公法上の定年制度導入以前から実施されてきたのであるから,検察官の定年退職も国公法に基づくとの上記説明には根拠がない。また,上記説明は,検察官には国公法上の定年制度は適用されないとの上記国公法改正時の人事院の説明とも矛盾し,これらを前提として国公法上の定年制度を設けた立法者意思と整合しない。さらに,検察庁法第22条が定年年齢に関する国公法の特例であるというのであれば,定年年齢について定めた国公法第81条の2第2項についても退職時期に関する同条第1項と同様に「法律に別段の定めのある場合を除き」の文言が必要となるはずであるがそのような文言は存在しないことからしても,上記の法務省の説明は破綻している。
3 検察官は公益の代表者として厳正な刑事手続を執り行う立場にある。いかに重大な犯罪に対しても,検察官が起訴しなければ司法権は発動されないのであり,その職責は刑事司法の機能の根幹に関わる重要なものである。そうであればこそ,国家公務員には定年制度がなかった戦後初期の時代から,検察官には独自の定年制度が設けられ維持されてきたのである。
 過去の重大疑獄事件の例に明らかなように,検察官の権限行使は時に政権との緊張関係をはらみ得る。今回の解釈変更は特定の検察官の定年を延長せんがためになされたものであることが経緯上明白であるが,時の政権が違法な勤務延長によって検察庁の人事に干渉することを許せば,検察庁の政権からの独立性を害し,検察官があらゆる政治的圧力に屈することなく公正にその職責を果たすことができるのかについて重大な疑念が生じ,わが国における刑事司法の機能にも深刻な影響を与え,ひいては日本国憲法の定める三権分立をも動揺させることとなる。
 また,政府による法律の文言や制定・改正の経緯を無視した恣意的な法解釈を許せば,国会で決めた法律がどのように運用されるかは全て政府次第となり,法の安定性が揺らぎ,わが国の法治国家としてのあり方の根幹を揺るがしかねない。
4 当会は,基本的人権の尊重と社会正義の実現(弁護士法第1条第1項)を使命とする弁護士の団体として,刑事司法の機能に深刻な影響を与えかねず,わが国の憲法体制や法治国家としてのあり方の根幹に関わるかかる重大事態を黙過することは到底できない。
 よって,当会は,検察官について違法に勤務を延長した本件閣議決定に強く抗議し,撤回を求めるものである。 

2020年(令和2年)3月25日 
福井弁護士会
会長 吉 川 健 司
 

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