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声明・意見書

会長声明 2025年06月09日 (月)

日本学術会議法案に反対する会長声明

1. 政府は、本年3月7日、「国の特別の機関」とされている現在の日本学術会議(以下「学術会議」という。)を廃止し、国から独立した法人格を有する組織としての特殊法人「日本学術会 議」(以下「新法人」という。)を新設する日本学術会議法案(以下「本法案」という。)を閣議決定し、本法案は衆議院本会議で可決された。

2. 当会は、2020年10月26日「日本学術会員の任命拒否に対する会長声明」において、2020年10月1日、菅義偉内閣総理大臣が、日本学術会議が推薦した会員候補者105名のうち6名の任命拒否をした行為は、日本学術会議法(以下「現行法」)に違反し、学問の自由を保障した憲法23条にも違反するものであると指摘した。本法案は、かかる違憲の行為を事後的にいわば追認して正当化しようとするものであり、本法案が成立すれば、時の政治権力から独立した立場で、政府に対し、科学的根拠に基づく政策提言を行うナショナル・アカデミーとしての学術会議の根幹をなし、学問の自由(憲法23条)に由来する独立性・自律性が損なわれるおそれが大きい。

3. 本法案の最大の問題点は、学術会議が職務を「独立して」行うという現行法3条の文言が踏襲されず、政府を含む外部の介入を許容する新たな仕組みが幾重にも盛り込まれていることである。学術会議は、ナショナル・アカデミーとして学者の総意を社会や国、国際社会に発信できる組織でなければならず、そのために学術会議が掲げ続けている①学術的に国を代表する機関としての地位、②そのための公的資格の付与、③国家財政支出による安定した財政基盤、④活動面での政府からの独立、⑤会員選考における自主性・独立性の5要件(これはナショナル・アカデミーとして備えるべき要件として国際的に広く共有されているものである。)は全て満たされなければならないが、本法案はそのような建付けになっていない。

4. 本法案では、いずれも会員以外から構成される、選定助言委員会[1](本法案26条、31条。以下の条項は本法案のものをいう。)、運営助言委員会[2](27条、36条)、日本学術会議評価委員会[3](42条3項、51条)、監事[4](19条、23条)、という各機関を設置することになっている。これら各機関の設置は、活動面における政府からの独立性、及び会員選考における独立性・自律性というナショナル・アカデミーとしての生命線ともいうべき根幹を損なうものであり、学問の自由に対する重大な脅威ともなりかねない。さらに懸念されるのは、国際的にナショナル・アカデミーにおいては会員の自主性を重視した選考方式が求められるところ、新法人の会員の選任方法では、かかる会員の自主性を重視した選考方式が損なわれるおそれがあることである。このような選考方式で選考された会員によって構成される新法人が、これまで学術会議が果たしてきた任務、すなわち時の政治権力から独立した立場で科学的根拠に基づく政策提言を政府に行うという任務を遂行することができるのかについては、大きな懸念を抱かざるを得ない。

5. また、これまで国の特別の機関とされてきた学術会議を特殊法人にすることにより、政府の財政措置は補助にとどまるとされ(48条)、その結果として、新法人には自主的な財政基盤の強化が求められ、ナショナル・アカデミーとしての安定した財政基盤を維持するための国家財政支出が確保されなくなることも強く危惧される。

6. 学問は、真理を発見する営みであるから、学術的立場から時の政府に対して厳しい反対意見を表明することもあり得る。そのため、学問は、しばしば政府による弾圧にさらされてきた。わが国においても、滝川幸辰京都帝国大学教授が、政府によって著書の発売等を禁止されたうえに大学教授の地位を追われた事件(滝川事件)や、美濃部達吉東京帝国大学教授が、学説を政府にとがめられてやはり著書の発売等を禁止され、さらに貴族院議員の地位を追われた事件(天皇機関説事件)など、政府がその意向に反する研究や学説を弾圧し、戦争遂行へとつながった歴史的経験がある。日本国憲法は、このような学問に対する苦い弾圧の歴史等を反省し、人類文化の発展に不可欠な真理探究の自由を確保することの必要性に鑑みて、学問の自由を保障した(憲法23条)。これにより、個々の科学者は、政府の干渉を受けずに学問的研究活動や研究成果の発表をする自由を享受する。また、学問的営みは、個々の科学者が孤立して成し遂げられるものではなく、科学者同士の切磋琢磨や協働が不可欠である。そのようなコミュニケーションの場を提供する組織体である大学には、人事の自治を始めとする自律が保障される。学問の自由が保障されることで、科学者による真理探究活動が活性化し、研究成果の発表や教育を通じて日本社会の発展をもたらすことを忘れてはならない。そして、日本学術会議は、学問の担い手である科学者が分野横断的に学術研究の成果を持ち寄って学術的議論を行い、そこで集約された成果を政府とは独立した立場から政府や社会に還元する組織であり、日本の学術にとって大学と同等の重要性を有する。したがって、日本学術会議に憲法23条による学問の自由の保障が及ぶことは、明らかである。

7. 加えて、2020年10月に学術会議会員候補者6名が任命拒否された際、当会はその違法性を指摘して、速やかにその是正を図るよう求めたが、この点の是正も会員任命の正常化も実現されていない。この過去の問題を放置したまま学術会議の法人化を進めていくことも看過できない。

8. よって、当会は、学術会議の独立性・自律性を損なうおそれが大きい本法案に反対する。

 

2025年(令和7年)6月9日

福井弁護士会

会長 後藤正邦

 

[1] アカデミア全体や産業界等の会員以外の者から会長が任命する科学者を委員とし、会員の選定方針等について意見を述べる。

[2] 会員以外の者から会長が委員を任命し、中期的な活動計画や年度計画の作成、予算の作成、組織の管理・運営などについて意見を述べる。

[3] 内閣府に設置され、内閣総理大臣が委員を任命し、中期的な活動計画の策定や業務の実績等に関する点検・評価の方法・結果について意見を述べる。

[4]内閣総理大臣が任命し、業務を監査して監査報告を作成し、業務・財産の状況の調査等を行う。

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