会長声明 2015年04月30日 (木)
放送の自由の確保を求める会長声明
1 自由民主党情報通信戦略調査会は,2015年4月17日,日本放送協会(NHK)の報道番組におけるやらせ報道問題及びテレビ朝日の報道番組においてコメンテーターが「官邸からバッシングを受けてきた」旨発言した問題について,両放送事業者の幹部を呼んで事情聴取を行った。同調査会(旧電気通信調査会)は同党の放送・通信分野の政策を担当する部局であり,報道によれば,同調査会の川崎二郎会長は,調査終了後,記者団に対して,放送倫理・番組向上機構(BPO)によるチェックが不充分なら,新たな第三者機関を設ける制度改正を行う可能性があることを示唆する発言をしたとされている。
政府と密接な関係にあり,今後の政府の放送政策に重大な影響を与える与党の調査会が,個々の番組の内容に関して放送事業者の幹部を呼んで事情聴取をすることは,放送事業者に対する事実上の圧力にほかならず,憲法及び放送法に照らしてきわめて不当な行為であると言わざるを得ない。
2 いうまでもなく,放送事業者には放送の自由がある。放送の自由は,日本国憲法第21条によって保障されており,国民の知る権利に奉仕するものとして民主主義の健全な機能を確保する上でもっとも重要な基盤となる憲法上の基本的人権である。
放送法は,第二次世界大戦中に放送が政府や軍部のプロパガンダの道具とされた歴史に対する真摯な反省にたちつつ1,かかる憲法上の重要な意義を有する放送の自由を確保すべく,その目的において「放送の不偏不党,真実及び自律を保障することによって,放送による表現の自由を確保すること」(第1条第2号)を掲げ,さらに「放送番組は,法律に定める権限に基づく場合でなければ,何人からも干渉され,又は規律されることがない。」(第3条)と規定し,番組編集の自由を保障している。番組内容に誤り等がある場合にも,放送事業者の「自律」を尊重しつつ是正が図られるよう,放送事業者自身に調査・訂正等の義務を課すほか(第9条),放送番組審議機関の制度を設けており(第6条,第7条),放送番組が外部からの圧力によってゆがめられることのないよう,慎重に配慮している。
3 こうした放送の自由の重要な意義及びこれを確保するための放送法の諸規定の趣旨に鑑みれば,政府が個々の放送番組の内容に干渉することが許されないのはもとより2,政党が政策調査を行う際にも,個々の番組内容に対する干渉にわたらないようにすべき制約があるといえる(なお政党が,事実と異なる報道により権利を害された場合には,放送法第9条に基づき訂正放送の請求をすればよいのであって,放送事業者の関係者から事情聴取を行う必要はない。)。
4 今回の自由民主党による事情聴取は,こうした制約を全く無視し,個々の番組の内容を狙い撃ちにして調査を行うものであり,放送番組の内容への干渉に外ならず,きわめて不当である。特に,政府と密接な関係を有する与党によってかかる干渉がなされることは,放送事業者の放送の自由を著しく脅かす行為といえる。
当会は,基本的人権の尊重と社会正義の実現を使命とする弁護士の団体として,民主主義の根幹をなす国民の知る権利と放送事業者の放送の自由を脅かすこうした行為を,看過することはできない。
5 よって,当会は,自由民主党はもとより,他の政党に対しても,個々の番組内容を狙い撃ちにした調査等,放送事業者の放送の自由を脅かす行為を行わないよう求め,放送事業者に対しては,そうした圧力に屈することなく自らの放送の自由を守ることを求める。
1 同法制定時の衆議院本会議において,当時衆議院電気通信委員会委員長であった辻寛一は,第3条に関する説明の中で,次のように述べて,放送の自由の重要性を強調している。「放送は,それが強力な宣伝の具であるがゆえに,一層表現の自由を確保されなければなりません。かつてわが国において,軍閥,官僚が放送をその手中に握って国民に対する虚妄なる宣伝の手段に使ったやり方は、将来断じてこれを再演せしむべきではありません。」
2 なお,放送法第3条の2のいわゆる番組編成準則については,かつては政府もこれを「精神的規定」と説明し,その実施は放送事業者の自律に待つべきものと説明していた。1993年9月のいわゆる椿発言問題以来,同条を理由とする放送内容に関する行政指導が繰り返されているが,この行政実務のあり方自体,憲法学説上,違憲の疑いが強いとして批判されている。
2015年(平成27年)4月30日
福井弁護士会
会長 寺 田 直 樹