会長声明 2016年11月25日 (金)
憲法に緊急事態条項を創設することに反対する会長声明―災害対策を口実にするな
未曾有の被害をもたらした東日本大震災の後、政府・自民党においては、災害対策を理由として、憲法を改正し緊急事態条項を創設しようとする動きがあり、憲法審査会でも議論が行われている。
この緊急事態条項は、大規模な自然災害、外部からの武力攻撃その他法律が定める緊急事態において、内閣総理大臣が閣議にかけ緊急事態の宣言を発することにより、内閣が法律と同一の効力を持つ政令を制定できること、内閣総理大臣が財政上必要な支出その他の処分を行うこと及び地方自治体の長に対して必要な指示ができること等を内容としている(自民党改憲草案第98条・第99条参照)。これは、いわば行政に立法権を付与して国民主権・議会制民主主義・権力分立という憲法秩序を停止するもので、政府への権力の集中と強化をもたらし、その結果、権力の濫用により国民の自由や権利が不当に奪われる危険性が高い。
一方、大規模災害時において最も重要なことは、刻々と変化する被災現場の状況に応じて臨機応変に対応することができる被災自治体の権限を強化することであり、政府に権限集中を図ることではない。東日本大震災の被災自治体に対する日弁連アンケート(2015年9月実施・24市町村回答)でも、大多数の自治体が災害対策の第一義的な権限は市町村主導にすべきと回答した。また一つを除き全自治体が憲法に緊急事態条項を導入する必要はない旨回答したとの結果が示されている。また、日本の災害法制では、大規模災害時の対処のために既に十分な整備がなされている。すなわち、内閣総理大臣は、災害緊急事態を布告し、生活必需物資等の授受の制限、価格統制等を決定できるほか、必要に応じて地方公共団体等にも指示をすることができる。今後の大規模災害への備えとして行うべきは、こうした災害法制を前提に、平時から防災・減災のための対策・準備を充実させることにほかならない。
武力攻撃やテロ行為が発生した場合等においても、事態対処法その他の法律により内閣総理大臣長とする対策本部を設置し内閣総理大臣に権限を集中させる等の対処の方法が既に規定されており、憲法に緊急事態条項を創設する必要性はない。むしろ、現行規定が過剰に内閣総理大臣に権限を集中させていないかの検証こそ必要である。
ワイマール憲法下において独裁政権を許した例や大日本帝国憲法における緊急勅令等の例を挙げるまでもなく、緊急事態条項は、国家権力を担う者により濫用されてきた歴史がある。日本国憲法が、このような歴史を踏まえた憲法制定議会での議論を経て、敢えて緊急事態条項を設けなかった趣旨を今一度想起すべきである。
以上のことから、当会は、憲法に緊急事態条項を創設することについて、災害対策としてはまったく必要がないばかりかむしろ有害であり、立憲主義の根幹を変容させ、その濫用により国民の自由や権利を不当に奪われるおそれがあることから、これに強く反対するものである。
2016年(平成28年)11月25日
福井弁護士会
会長 海 道 宏 実