会長声明 2012年07月18日 (水)
大飯原発の再稼働が行われたことに抗議するとともに,停止中の原発につき再稼働しないことを求める会長声明
平成23年3月11日の東日本大震災による地震・津波に引き続いて発生した福島第一原子力発電所事故は,原子炉3機のメルトダウン(炉心融解)・メルトスルー(炉心貫通)と大量の放射性物質の放出という未曽有の大事故となった。本年3月までに放出された放射性物質は90京ベクレルであり,今もなお,大量の放射性物質が放出され,環境が汚染され続けている。現在でも約10万人の住民が居住地域への立入りを禁止されて避難生活を強いられている。福島県外に避難している住民も6万人を超えるとされる。福島第一原子力発電所事故被害者の多数が,現在もなお過酷な状況に置かれていることは,極めて重大な人権侵害である。
福島第一原子力発電所事故のような事故の再発やこれを更に上回る規模の新たな原子力発電所事故が起きれば,日本社会は崩壊しかねない。このような深刻な災害を二度と発生させてはならない。
福島第一原発事故の原因はいまだ明らかになっておらず,したがって,安全対策も確立されていない。にもかかわらず,政府は,本年6月8日,対症療法的な津波対策・電源対策を講じただけで関西電力大飯原子力発電所(以下「大飯原発」という。)3,4号機について再稼働を行う判断を表明し,本年7月1日には運転が再開された。
福井県内には,大飯原発3,4号機のほか,大飯原発1,2号機,敦賀原子力発電所に2基,美浜原子力発電所に3基,高浜原子力発電所に4基が立地しているが,このような状況では,安全性の確認が不十分なまま,これら停止中の他の原子力発電所の再稼働も,なし崩し的に決定されるのではないか危惧される。
まず,安全基準の抜本的見直しに当たっては,福島第一原子力発電所事故の原因や発生機序等の実態解明が不可欠である。しかし,事故発生から1年以上が経過し,平成23年12月以降,東京電力株式会社の社内調査委員会の中間報告書や政府の事故調査・検証委員会の中間報告書,福島原発事故独立検証委員会の報告書及び国会に設置された事故調査委員会の論点整理や報告書が相次いで公表されたものの,現時点においても,福島第一原子力発電所事故の原因・発生機序は,依然として不明なままである。
ただ少なくとも,福島第一原子力発電所では,想定した地震が過小であり,耐震設計の解析に不備があったことは明らかとなっている。さらに,以前から地震・津波による共通原因故障及び全電源喪失事故が起きる危険性とシビアアクシデント(過酷事故)対策の必要性が指摘されていたにもかかわらず,国は,これらの対策を安全指針等には盛り込まなかったところ,福島第一原子力発電所では現実に事故が発生し,安全指針が不備であったことも明らかとなっている。
このように,福島第一原子力発電所の事故発生に伴い顕在化した原子力発電所の安全性の問題は,現在のところ全く解決されていない状況であり,現時点では,原子力発電所の安全性が十分に確保されているとはいい難い。
原子力安全委員会でも,安全設計審査指針や耐震設計審査指針等の見直しがなされ,平成24年3月には,耐震設計審査指針と安全設計審査指針等の改定案が示された。しかし,事故実態が未解明のため,耐震設計審査指針のうち地震に関しての改定はほとんどなされていない。
安全設計審査指針についても,共通原因故障やシビアアクシデントについての見直しは今後の検討課題にとどめられている。
国は,「安全性に関する判断基準」を新たに設定して,停止中の原子力発電所の再稼働を企図しているが,そもそも福島第一原子力発電所事故の実態が未解明なままでの判断基準では,安全性を保証したことにはならない。しかも,新たな「判断基準」の評価項目は,対策に時間がかかる共通原因故障やシビアアクシデント対策は含まれていないため,事故原因を踏まえた新たな安全基準とは到底いえない。
さらに,大飯原発の敷地内に断層の破砕帯があることから,多くの専門家が破砕帯の調査を改めて行うことを求めているが,要望を受けた調査がなされないまま運転が再開された。本年7月3日に開かれた原子力安全・保安院による地震・津波に関する意見聴取会では,関西電力株式会社が同原発設置時に提出した同破砕帯のトレンチの写真などを紛失し,今回の意見聴取会に向けて提出しなかったことにより,同破砕帯に関する審議がなされなかったという事態すら生じた。
このように,安全基準の見直しや破砕帯の調査がいまだ終了していないことに加え,現段階での再稼働については原子力発電所周辺,さらに広域の地域において,反対ないし慎重な意見が数多く,このような意見は尊重されなければならない。
さらに,電力需給についても,平成23年の夏季も,平成23年から平成24年にかけての冬季も,心配された電力不足は発生しなかった。平成23年年11月1日のエネルギー・環境会議の電力需給に関する検討会合の公表資料によれば,平成23年の夏のピーク需要の実績を前提とすると,平成24年夏の供給力1億6,297万キロワットに対し,需要は1億5,661万キロワットにすぎず,636万キロワットの余裕(予備率4.1パーセント)があるとされている。したがって,電力不足を理由にして,安全基準が不明なままの原子力発電所の再稼働を進めることには根拠がない。
深刻な原子力発電所事故による日本の国土や国民への被害の再発を未然に防止するという観点からは,福島第一原子力発電所事故の原因を解明し,その事故原因を踏まえた安全基準について,国民的議論を尽くし,それによる適正な審査によって確実な安全性が確保されない限り,原発は再稼働すべきではないと考える。
よって,当会は,確実な安全性が確保されないまま,安易に大飯原発の再稼働がなされたことに抗議するとともに,現在停止中の原子力発電所については,同様の安全性が確保されない限り再稼働しないことを求める。
平成24年7月18日
福井弁護士会
会長 和田 晋一