会長声明 2014年04月30日 (水)
商品先物取引法下における不招請勧誘禁止緩和に反対する会長声明
第1 声明の趣旨
当会は,商品先物取引法施行規則改正案のうち,個人顧客を相手方とする商品先物取引について不招請勧誘(顧客の要請をうけない訪問・電話勧誘)の禁止規定を大幅に緩和する部分(同規則第102条の2)については,断固反対する。
第2 声明の理由
1 本改正案の概要
経済産業省及び農林水産省は,2014年(平成26年)4月5日,商品先物取引法施行規則第102条の2の改正案(以下,「本改正案」)を公表し,意見公募手続を開始した。
本改正案は,7日間の熟慮期間を設けること等の要件の下で,70歳未満の消費者への訪問・電話勧誘による取引を幅広く認めるとともに,自社以外とのハイリスク取 引の経験者に対する勧誘を認めるものである。しかし,商品先物取引に係る消費生活相談の半数以上は70歳未満の契約者についてのものといわれており,改正案は商品先物取引の不招請勧誘禁止規制を大幅に緩和し,事実上解禁するに等しいものである。
2 当会の基本的立場
当会は,2013年(平成25年)12月18日,「商品先物取引についての不招請勧誘禁止規制撤廃に反対する会長声明」を公表し,商品先物取引についての不招請勧誘禁止規制は同取引に関する被害の多発を受けて導入されたものであり,これを撤廃すれば商品先物取引に関する被害が再び増加するおそれが極めて高いことを指摘し,また,産業構造審議会商品先物取引分科会においても規制維持の必要性が確認されているにもかかわらず,それから間もない時期において,何らの検証もなく規制を撤廃する方向で検討することは到底容認できない旨を述べたところであるが,こうした批判に何らこたえることなく不招請勧誘を事実上解禁するに等しい本改正案が公表されたことは,極めて遺憾である。
3 商品先物取引法2009年(平成21年)改正の背景にある深刻な消費者被害
上記会長声明でも指摘したとおり,商品先物取引による被害はその被害額が大きく,家庭崩壊や自殺,さらには先物取引による損失が原因となって被害者自身による横領等の犯罪行為を誘発してしまうなど,社会全体に深刻な影響を与えていた。
独立行政法人国民生活センターの苦情件数をみても2000年(平成12年)から2004年(平成16年)まで毎年4000件を超える苦情があるなど,深刻な被害を生じていた。そして,その主要な要因の一つが,訪問や電話勧誘を通じて,無防備で商品先物取引に関する知識の乏しい消費者に対して,取引の利益を強調して行う不招請勧誘にあることは明らかであった。
4 2009年(平成21年)改正と衆参両院附帯決議の趣旨の没却
こうした深刻な被害実態を受けて,商品先物取引法の2009年(平成21年)改正において不招請勧誘の禁止規定(商品先物取引法第214条第9号)が導入され,2011年(平成23年)1月に施行された。
同改正時の衆参両院の附帯決議においては,「『不招請勧誘』の禁止については,当面,一般個人を相手方とする全ての店頭取引及び初期の投資以上の損失が発生する可能性のある取引所取引を政令指定の対象とすること」「さらに,施行後1年以内を目処に,規制の効果及び被害の実態等に照らして政令指定の対象等を見直すものとし,必要に応じて,時機を失することなく一般個人を相手方とする取引全てに対象範囲を拡大すること」が決議されており,むしろ規制の拡大の検討すら求められていた。
したがって,本改正案は上記附帯決議に逆行するものであり,上記2009年(平成21年)改正が個人顧客に対する無差別的な訪問・電話勧誘を禁止した趣旨を没却し,深刻な先物被害の再発防止を図らんとする立法者の意思を無視するに等しいといわざるを得ない。
5 消費者保護の著しい後退と本改正案の違法性
しかも,本改正案が消費者保護施策としてかかげる7日間の「熟慮期間」は,およそ被害防止に効果をあげるとは考えがたい。すなわち,「熟慮期間」の制度は,期間内に行われた個別の取引についてのみ自己の計算としないことを可能とするものにとどまり,基本契約の効力には何ら影響を及ぼさない点において,クーリング・オフとも全く異質であり,被害防止の効果をおよそ期待できるようなものではない。そもそも,商品先物取引は,基本契約の締結後,相当の期間にわたって,多数回・多種類の個々の商品取引を頻繁に次々と勧誘さ
れるうちに,商品先物取引に関する知識や判断力の乏しい消費者が事業者に依存せざるを得ない状況に追い込まれて被害が泥沼化する点に特徴があるのであるから,形式的に当初の7日間だけ「熟慮期間」をおいてみたところで,こうした先物取引被害が生じる構造はほとんど変わることがないのである。
現に,こうした「熟慮期間」は,かつての海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律に類似規定が設けられていたが,同規定を活用して被害救済された例はほとんどなかったと評価されている(内閣府消費者委員会2014年(平成26年)4月8日付け「商品先物取引法における不招請勧誘禁止規制の緩和策に対する意見」)。
また,ハイリスク取引の経験者について,本改正案は,新たに有価証券の信用取引をハイリスク取引に含ましめて不招請勧誘禁止の例外を拡大し,さらに顧客が当該先物取引業者と継続的取引関係にあることを要件とせず,他の商品先物取引業者または金融商品取引業者とハイリスク取引の経験がある場合にも不招請勧誘禁止の例外を拡大しているが,拙速な例外の拡大には注意が必要であり,消費者が証券会社等とこれらのハイリスク取引に至る経緯には様々な態様があり,ハイリスク取引の経験者だからといって商品先物取引に関する知識や判断力を高められるとは必ずしもいい難いことからすれば,やはり消費者保護に欠けるといわざるを得ない。
以上のとおり,本改正案は,全体として消費者保護を著しく後退させるものであるといえる。
したがって,本改正案は,「委託者等の保護に欠け,又は取引の公正を害するおそれのない行為として主務省令で定める行為を除く」(商品先物取引法214条第9号括弧書き)とする法律の委任の範囲を超えた違法なものである疑いが大きいといわざるを得ない。
6 まとめ
以上述べたとおり,本改正案は,商品先物取引法の2009年(平成21年)改正及び同改正時の衆参両院における附帯決議の趣旨を没却し,再び悲惨な商品先物取引被害の激増をもたらす恐れが強く,消費者保護を著しく後退させる点で法律の委任の範囲を超えた違法なものである疑いが大であって,到底容認できない。
当会は,消費者保護の観点から,商品先物取引の不招請勧誘禁止規定を骨抜きにするような本改正案には,断固反対する。
以 上
2014年(平成26年)4月30日
福井弁護士会
会長 内 上 和 博