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声明・意見書

会長声明 2020年02月25日 (火)

不当な警察権の行使による政治的言論活動の侵害の防止を求める会長声明

 日本国憲法は,21条1項において,「集会,結社及び言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する。」としている。この規定は,国家権力が市民の言論活動を弾圧してきた歴史の反省に立って,国家権力に対し,市民の表現の自由を侵害することを禁じたものである。特に,政治的言論活動の自由は,健全な民主主義が多様な意見の表明と熟議により成り立つものであるため,一層尊重すべきものである。

 また,警察法は,2条2項において,「いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない」と規定し,警察に対し,警察権の濫用によって市民の権利および自由を不当に制限することを禁じている。

 ところが,今般,市民の政治的言論活動の自由が警察権の行使によって侵害されたと疑われる事態が発生した。

 参議院選挙期間中の2019年(令和元年)7月15日,北海道札幌市のJR札幌駅前で安倍晋三自民党総裁(以下「安倍氏」という。)が街頭演説をしている中,聴衆の1人が安倍氏に対し,「安倍やめろ,帰れ」と肉声で連呼した。すると,当該聴衆は,警察官数人に取り囲まれ,身体をつかまれて後方に移動を強いられた。また,同じ演説中,別の聴衆1人が「増税反対」と肉声で叫んだところ,やはり,警察官数人に取り囲まれ,身体をつかまれて後方に移動を強いられた。さらに,同日,同市の札幌三越デパート前でも,安倍氏の街頭演説中に「年金100年 安心プランどうなった?」と書かれたプラカードを掲げようとした聴衆が警察官数人に取り囲まれ制止された。

 その3日後の同月18日,滋賀県大津市のJR大津京駅前で安倍氏が街頭演説をしている中,聴衆の1人が安倍氏に対し,「安倍やめろ」などと肉声で声を上げたところ,警察官数人に演説会場端のフェンスへと押しやられ,動きを制止された。

 いずれの事案においても,警察権行使の対象となった聴衆の行為は,拡声器を用いた大音量の選挙演説中に個人が肉声で声を上げたりプラカードを掲げようとしたに過ぎないもので,他の聴衆が演説を聴き取ることを不可能または困難にするものとはいえない程度にとどまっていたと考えられる。したがって,演説妨害が「事実上演説することが不可能な状態に陥らしめることによって成立する」とする1948年(昭和23年)6月29日の最高裁判決(最高裁判所刑事判例集2巻7号752頁)の基準,および聴衆が演説を「聴き取ることを不可能又は困難ならしめるような所為」があったとき演説妨害に該当するとした同年12月24日の最高裁判決(最高裁判所刑事判例集2巻14号1910頁)の趣旨に照らせば,各聴衆の行為は,公職選挙法225条2号の禁ずる演説妨害に当たらない可能性が高い。

 また,いずれの事案においても,肉声を上げた聴衆やプラカードを掲げようとした聴衆について,周辺の者とトラブルになるおそれがある状況や警察官職務執行法5条に基づく犯罪の予防のための制止が必要な状況にあったこともうかがわれない。

 したがって,上記のように街頭演説をしている中で聴衆が肉声を上げたり,プラカードを掲げようとしたことに対し,数人で取り囲み,身体をつかんで後方に移動を強いるなどした警察官の行為は,市民の政治的言論活動に対する過剰反応であり,表現の自由の侵害に該当する疑いが強い。

 このような事態に対し,北海道警察(以下「北海道警」という。)および滋賀県警察(以下「滋賀県警」という。)は,自己の職務執行についての検証結果をいまだ明らかにしていない。

 また,北海道警および滋賀県警という地理的に離れた地域の別個の警察組織において連続して同様の事例があったことからすると,他の都府県も含めた警察組織全体の職務執行において,市民の政治的言論活動の自由が軽んじられているのではないかとの疑念を禁じ得ない。

 表現の自由は,ある日突然失われるのではなく,日々少しずつ失われていくものである。そうならないようにするためには,もちろん,我々市民の不断の努力が必要である。それとともに,権力機関は,表現の自由,とりわけ政治的言論活動の自由を永続的なものとし,健全な民主主義を維持発展させるため,自らの権力がこの自由を容易に失わせうるものであることを自覚し,自らの行いがこれを不当に制限していないか常に検証し,不当な制限があったときは改善を図らなければならない。そのためには,北海道警および滋賀県警においては今回の事態の検証が必要であるし,警察法16条2項に基づいて都道府県警を指導監督すべき警察庁においては,それらの検証結果を踏まえて全国の都道府県警察に対して同様の事態の再発防止を図る必要がある。

 そこで,当会は,北海道警および滋賀県警に対し,今回の事態に対する一日も早い検証とその結果の公表を求めるとともに,警察庁に対し,それらの検証結果を踏まえて,憲法が保障する表現の自由を最大限尊重し,市民の政治的言論活動の自由を不当に損なうことがないよう,憲法21条1項および警察法2条2項の趣旨に照らして警察官の職務執行のあり方を再検討し,同様の事態の再発防止を図ることを求める。

 

2020年(令和2年)2月14日

 福井弁護士会

     会長 吉 川 健 司

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