会長声明 2008年05月30日 (金)
「犯罪被害者等による少年審判の傍聴」を内容とする少年法改正法案に対する会長声明
1 政府は、本年3月7日、少年法の一部を改正する法律案(以下、「同法案」と言います)を国会に上程し、同法案は5月22日、衆議院本会議にて審議入りしました。同法案は、一定の結果が重大な犯罪について、犯罪被害者や遺族の方々が少年審判の傍聴を申し出たとき、家庭裁判所が相当と認めるときは傍聴を認めることを内容とするものであり、少年審判の非公開の原則(少年法第2条第2項)に修正を加えようとするものです。
2 我が国の少年司法は、少年の健全育成を旨とし(同法第1条)、少年を立ち直らせ再び犯罪に走ることのないようにすることを目指しています。少年の立ち直りこそが新たな犯罪の発生を防止し、社会の安全に繋がるからです。
そのために、少年が起こした事件については、当該犯罪事実が認められるかどうかだけではなく、家庭裁判所調査官という専門家の関与のもと、少年が犯罪を犯すに至った背景や原因を調査、分析したうえで、原因に対する福祉的、教育的手当をすることを予定しています(同法第8条、第9条)。とりわけ重大な犯罪を起こした少年は、生い立ちなど育ってきた環境に問題があったり、被虐待体験など心が深く傷つく体験を重ねていることが多く、その結果として、自己肯定感が薄い、自己表現能力が低い、大人への不信感があるなどの問題を抱えています。そうした特徴をもった少年に対し、その内面に立ち入り、原因、問題点をさぐり、自らがもたらした重大な結果に向き合わせ、内省を深めさせることが少年の立ち直り、更生につながるとするのが我が国の少年司法の理念です。少年審判が「懇切を旨として、和やかに行うとともに、非行のある少年に対し自己の非行について内省を促すものとしなくてはならない」とされるとともに(同法第22条第1項)、審判が非公開で行われるのは、こうした少年司法の理念から導かれたものであり、かつ、上記のような少年犯罪の実態と少年の更生に向けた支援の実践から導かれたものと言えます。
3 ところで、少年犯罪においても、犯罪被害者や遺族の方々の犯罪被害を受けた悲しみや怒りとともに、何故このような重大な犯罪が起ってしまったのか、そして何故自分や親族が犯罪被害者になったのか、そして少年がどのように処分を決められていくのかを知りたいとの痛切なる思いに対して十分配慮する必要があります。従来、ややもすると、こうした犯罪被害者や遺族の方々の思いや権利に対しての配慮が不十分であったと反省すべき点が存在します。
しかし、審判時に犯罪被害者や遺族の方々の傍聴が認められると、精神的に未熟で社会経験も少ない少年は萎縮し、事実関係や心情をありのままに表現することが困難になることが十分予想されます。また、審判において少年の犯罪の原因と考えられる問題の深層に達することが困難となる恐れがあります。そうなると、審判の在り方が形式的、儀式的になってしまい、少年の内省を促すものにならない恐れがあり少年司法の理念が没却されてしまいます。とりわけ、同法案は、こうした影響を受けやすい14歳未満の少年についても傍聴の対象から除外していませんので、問題が大きいと言わざるを得ません。
一方、犯罪被害者や遺族の方々にとっても、事件発生から短期間のうちに行われる審判段階での整理されていない未熟な少年の言葉を直接聞くことによって、その審判を傍聴したことで、更に悲しみや苦しみ、怒りを増幅させてしまうことも懸念され、果たして審判傍聴が真に犯罪被害者や遺族の方々の思いに答えるものなのか疑問です。
むしろ、犯罪被害者や遺族の方々の権利保障のために今なすべきことは、2000年(平成12年)の少年法改正によって被害者による記録閲覧・謄写が可能となり(同法第5条の2)、犯罪被害者や遺族の意見を裁判官もしくは調査官が聴取する制度ができ(同法第9条の2)、かつ、審判結果を通知する制度ができたこと(同法第31条の2)、又、警察、検察からの被害者等への通知制度、保護観察や少年院送致になった少年についての被害者等への開示制度などが存在することを十分にかつ丁寧にお知らせし、活用できるよう支援することであると考えます。さらに、犯罪被害者に対する経済的、精神的支援の制度、国費による被害者代理人制度を速やかに拡充ないし新設し、犯罪被害者や遺族の方々が更なる被害を被ることのないよう支援する制度の確立が必要であると考えます。
4 以上、当会は、犯罪被害者支援制度の拡充の必要性を否定するものではありませんが、少年司法の理念を没却してしまう危険性が高い「犯罪被害者等による少年審判の傍聴」を内容とする少年法改正法案に反対します。
2008(平成20)年5月30日
福井弁護士会
会 長 朝 日 宏 明