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声明・意見書

会長声明 2020年10月26日 (月)

日本学術会議の新会員任命拒否に対する会長声明

1    2020年(令和2年)10月1日,菅義偉内閣総理大臣は,日本学術会議が推薦した会員候補者105名のうち6名の任命拒否をした。このような行為は,以下に述べるとおり,日本学術会議法(以下「法」という。)に違反し,学問の自由を保障した憲法23条にも違反するものである。
2    学問は,真理を発見する営みであるから,学術的立場から時の政府に対して厳しい反対意見を表明することもあり得る。そのため,学問は,しばしば政府による弾圧にさらされてきた。わが国においても,滝川幸辰京都帝国大学教授が,講演内容を政府にとがめられ,著書の発売等を禁止され,大学教授の地位を追われた事件(滝川事件)や,美濃部達吉東京帝国大学教授が,学説を政府にとがめられ,著書の発売等を禁止され,貴族院議員の地位を追われた事件(天皇機関説事件)など,政府が学説を公定し,政府の意向に反する研究を弾圧した歴史的経験がある。
 日本国憲法は,このような学問に対する苦い弾圧の歴史等を反省し,人類文化の発展に不可欠な真理探求の自由を確保することの必要性に鑑みて,学問の自由を保障した(憲法23条)。これにより,個々の科学者は,政府の干渉を受けずに学問的研究活動や研究成果の発表をする自由を享受する。また,学問的営みは,個々の科学者が孤立して成し遂げられるものではなく,科学者同士の切磋琢磨や協働が不可欠である。そのようなコミュニケーションの場を提供する組織体である大学には,人事の自治を始めとする自律が保障される。学問の自由が保障されることで,科学者による真理探究活動が活性化し,研究成果の発表や教育を通じて日本社会の発展の原動力となる。
3    日本学術会議は,わが国の科学者の内外に対する代表機関であり,独立して,科学に関する重要事項を審議し,その実現を図ること,及び科学に関する研究の連絡を図り,その能率を向上させることを職務とし,科学を行政に反映させる方策等を政府に対して勧告する権限を有している(法2条,3条,5条)。そして,その会議体は,人文科学,生命科学並びに理学及び工学において優れた研究又は業績がある者をもって構成される(法10条,11条)。
 このように,日本学術会議は,学問の担い手である科学者が分野横断的に学術研究の成果を持ち寄って学術的議論をし,集約された成果を政府とは独立した立場から政府や社会に還元する組織であり,日本の学術にとって大学と同等の重要性を有する。したがって,日本学術会議に憲法23条による学問の自由の保障が及ぶことは,明らかである。
4    今回の任命拒否について,政府は,日本学術会議による推薦者の中から,「総合的・俯瞰的」な観点から任命権者である内閣総理大臣が法に基づいて任命を行ったとして,任命には政府の裁量があると主張する。
5    しかし,日本学術会議は,憲法23条による学問の自由が保障される自律的組織であるから,同条により特に強く保護されるべき人事について,政府が実質的に介入することは到底許されない。したがって,「内閣総理大臣が任命する」との文言は,あくまで形式的任命に過ぎず,政府の裁量を認めたものではない。
 内閣総理大臣による「任命」を盛り込む法改正があった1983年(昭和58年)の国会における,「内閣総理大臣による会員の任命行為はあくまでも形式的なものであり,推薦された者をそのまま会員として任命する」旨の政府答弁は,上記の当然の理を当時の立法者として表明したものである。
6    また,法の規定自体を見ても,政府の主張は法7条2項の解釈を誤ったものといわざるを得ない。
 第1に,法は,日本学術会議が「独立して」職務を行うものと規定している(法3条柱書き)。この独立性は,人事に影響を受けて失われるものであるから,政府に任命するか否かの裁量があれば,職務内容にまで介入することを可能にし,職務の独立性が失われ,法3条柱書きの趣旨が損なわれることになる。
 第2に,法で示されている日本学術会議の会員の選考基準は,「優れた研究又は業績がある科学者」である(法7条2項,17条)。誰が優れた研究又は業績のある科学者かを判断することができるのは,同じく優れた研究又は業績のある科学者で構成された日本学術会議であり,政府にはその判断をすることができない。法7条2項に,推薦に「基づいて」任命するという拘束性の強い文言が用いられているのは,政府が判断できないことを受けて,政府に裁量の余地がないことを示すものである。
 第3に,法は,会員がその地位の喪失事由を「会員から病気その他やむを得ない事由による辞職の申出があったとき」(法25条),及び「会員に会員として不適当な行為があったとき」という2つに限定しており,しかも,日本学術会議の同意や申出を必要としている。このように,法は,会員の地位の喪失事由を限定して会員の身分を保障し,日本学術会議の自主的な判断を尊重しており,政府に能動的な権限は与えられていない。
 このように,法は,日本学術会議に対し,その専門性から独立的地位を保障しているのであり,会員の地位の得喪について政府に積極的な権限を与えているものとはいえない。したがって,法の規定自体を見ても,法7条2項の「任命」は,あくまで形式的任命に過ぎず,政府の裁量を認めたものではないと解さざるを得ない。
7    以上のとおり,政府の主張は,学問の自由を保障した憲法23条に違反し,法7条2項の解釈を誤ったものである。
 よって,当会は,本件任命拒否が更なる学問の自由の侵害へとつながり,日本社会の健全な発展が阻害されることを危惧し,菅義偉内閣総理大臣に対し,任命を拒否した6名を直ちに任命することを要請する。

2020年(令和2年)10月26日
福井弁護士会 
会長  八 木   宏

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