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声明・意見書

会長声明 2023年03月13日 (月)

「袴田事件」第2次再審請求差戻し後即時抗告審決定に関する会長声明

本日、東京高等裁判所第2刑事部は、いわゆる「袴田事件」に関する再審請求事件(有罪の言渡を受けた者:袴田巌氏、請求人:袴田ひで子氏)について、2014年(平成26年)3月27日に静岡地方裁判所が行った再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却した。

 

本件は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)のみそ製造販売会社専務宅で一家4名が殺害され、放火されたという住居侵入、強盗殺人、放火事件であり、袴田巌氏が同事件の被疑者として逮捕・起訴され、1980年(昭和55年)12月に袴田巌氏に対する死刑判決が確定している。しかし、袴田巌氏は、当初より無実を訴えており、現在、袴田巌氏の姉である袴田ひで子氏が第2次再審請求を行っている。

第2次再審請求の経過であるが、2008年(平成20年)4月25日に第2次再審請求が申し立てられ、上記のとおり、2014年(平成26年)3月27日に静岡地方裁判所は再審を開始するとともに、死刑及び拘置の執行を停止する決定を行い、袴田巌氏は釈放された。しかし、検察官は、この決定に対して即時抗告を行い、2018年(平成30年)6月11日、東京高等裁判所は再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却した。これに対し、請求人が特別抗告を行ったところ、2020年(令和2年)12月22日、最高裁判所は、東京高等裁判所の上記決定を取り消し、本件を東京高等裁判所に差し戻すとの決定を行い、この決定を受けて、東京高等裁判所第2刑事部において差戻し後即時抗告審の審理が行われていた。

 

第2次再審請求は、申立てから既に約15年が経過しており、先の静岡地方裁判所の再審開始決定からも約9年が経過しようとしている。袴田巌氏は、現在87歳と高齢であり、しかも長期間にわたり死刑囚として身体を拘束されたことによる拘禁反応の症状が見られるなど、心身に不調を来している。そのため、第2次再審請求では、袴田巌氏の姉である袴田ひで子氏が再審請求を行っているが、袴田ひで子氏も現在90歳となっている。具体的な事件の経過に鑑みれば、その救済には、もはや一刻の猶予もなく、これ以上の手続の遅延は許されない。特に本件は死刑判決が言い渡された事件であり、2016年の日弁連福井人権擁護大会宣言にもあるとおり、刑事司法制度は人の作ったものであって、その運用も人が行う以上、誤判・冤罪の可能性を否定することは誰にもできないことを改めて明らかにしたものといえる。

そして、このような救済の遅れの原因は、現行法上、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められていることにある。再審は、再審請求審で再審開始が決定されても、その後、再審公判が行われるのであるから、速やかに再審公判手続きに進むことが再審制度の趣旨からも相当である。

当会が支援する「福井女子中学生殺人事件」第1次再審請求においても、平成23年11月30日、名古屋高等裁判所金沢支部が再審開始決定を下したものの、平成25年3月6日には、名古屋高等裁判所本庁が、再審開始決定を取消し、再審請求を棄却しており、無辜の救済という再審手続の趣旨が没却されている。そもそも、同事件は、第一審で無罪判決が下されており、再審開始決定を含め、二度も、異なる裁判所が無罪の判断を下した事件であって、検察官の不服申立てが制度上認められていることに対する不合理性が明らかとなっている。

現行法上、検察官の不服申立てが認められているとしても、袴田巌氏に対し、これ以上救済の機会を遅らせるべきではない。

よって、当会は、検察官に対し、本日の決定を尊重して特別抗告を行うことなく、本件を速やかに再審公判に移行させるよう求める。

 

また、本件では、第2次再審請求の請求審において、約600点もの証拠が新たに開示され、それが再審開始の判断に強い影響を与えている。しかし、再審請求手続における証拠開示については、現行法上、明文の規定を欠いており、その実現が制度的に担保されていない。本件で大幅な証拠開示が実現したのは、裁判所の積極的な訴訟指揮によるものであるが、逆にいえば、裁判所が消極的な姿勢であれば証拠開示が実現しなかった可能性もあるのであって、時に「再審格差」とも呼ばれるように裁判所の姿勢いかんによって再審請求手続における証拠開示が左右される実情がある。

令和5年2月27日、大阪高等裁判所第3刑事部は、日野町事件第2次再審請求について、検察官の即時抗告を棄却し、大津地方裁判所が下した再審開始決定を維持する決定を下したが、当該事件についても、再審請求手続において開示された証拠が大きな判断要素となっている。

先に述べた「福井女子中学生殺人事件」第1次再審請求においても、証拠開示によって1度は再審開始決定が下される一方、未だ、開示されていない証拠が多数存在し、その証拠開示が重要な課題となっている。

このように、再審請求手続における証拠開示は、極めて重要であり、速やかに制度化されなければならない。

 

これ以上、再審請求手続における再審開始決定に対する検察官抗告や証拠開示の不備によって、えん罪被害者の救済が遅延することがあってはならない。えん罪被害者の速やかな救済のために、再審法改正は喫緊の課題といえる。

よって、当会は、政府及び国会に対し、えん罪被害者の速やかな救済のために、①再審請求手続における証拠開示の法制化、②再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止を含む刑事訴訟法の再審に関する法改正を行うよう求める。

 

以上のとおり、当会は、

1 検察官に対し、本日の決定を尊重して特別抗告を行うことなく、本件を速やかに再審公判に移行させること

2 政府及び国会に対し、えん罪被害者の速やかな救済のために、①再審請求手続における証拠開示の法制化、②再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止を含む刑事訴訟法の再審に関する法改正を行うこと

を求める。

 

 

令和5年(2023年)3月13日

福井弁護士会会長  紅 谷 崇 文

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