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声明・意見書

会長声明 2025年07月22日 (火)

「福井女子中学生殺人事件」再審無罪判決と再審法改正に関する福井弁護士会会長声明

本日、名古屋高等裁判所金沢支部(増田啓祐裁判長)は、いわゆる「福井女子中学生殺人事件」について、前川彰司氏(以下、「前川氏」という。)に対し、再審無罪判決(検察官控訴に対する棄却判決)を言い渡した。

 

本件は、1986年(昭和61年)3月19日、福井市内で女子中学生が殺害された事件である。前川氏は、客観的な証拠が無い中で、関係者らの供述に基づき事件発生の1年後に逮捕され、起訴された。前川氏は、現在に至るまで一貫して無罪を主張している。

 

1990年(平成2年)9月26日、確定審第一審(福井地方裁判所)は、変遷を重ねる関係者らの供述の信用性を否定し、殺人については無罪の判決を言い渡した。ところが、確定審控訴審(名古屋高裁金沢支部)は、控訴審でも変遷した関係者らの供述が「大筋で一致」するとしてその信用性を認め、1995年(平成7年)2月9日、逆転有罪判決(懲役7年)を言い渡し、この有罪判決が最高裁で確定した。

2004年(平成16年)7月15日、前川氏は、日本弁護士連合会及び当会の支援のもと、第1次再審請求を申し立てた。再審請求審(名古屋高裁金沢支部)において関係者らの供述調書の一部などが開示された結果、関係者らの供述の著しい変遷がより一層明らかになり、2011年(平成23年)11月30日、関係者らの供述の信用性が否定され再審開始決定がなされた。ところが、再審異議審(名古屋高裁)は、2013年(平成25年)3月6日、新証拠はいずれも旧証拠の証明力を減殺しないとして再審開始決定を取り消し、この判断は特別抗告審でも維持された。

 2022年(令和4年)10月14日、前川氏は第2次再審請求を申し立てた。再審請求審(名古屋高裁金沢支部)では、裁判所の積極的な訴訟指揮もあり、検察官より新たな証拠287点が開示され、主要関係者の証人尋問も実現された。その結果、2024(令和6年)10月23日、名古屋高裁金沢支部は、関係者の一人が自己の利益を図るために前川氏を犯人とする虚偽供述を行い、捜査機関が他の関係者に誘導等の不当な働きかけを行って関係者らの供述が形成された具体的かつ合理的な疑いがあるとして、関係者らの供述の信用性を改めて否定し、再審開始決定をした。検察官が異議申立てを断念したことから、この再審開始決定が確定した。

 これを受け、本年3月6日、名古屋高等裁判所金沢支部にて、前川氏に対する第1回再審公判が開かれ、証拠の取調べがなされたものの、再審請求審にて提出された証拠以外の新たな証拠の請求はなく、弁護人と検察官の弁論が行われ、即日結審した。なお、検察官からは改めて有罪の弁論がなされた。

 本日の判決は、改めて関係者供述の信用性を否定し、前川氏に対する第一審の無罪判決を維持し、検察官の控訴を棄却した。本判決は、裁判所が過去の裁判の誤りを正し、自ら正義の回復を図ったものとして、当会はこれを高く評価する。

 他方、確定審以来、証拠開示について消極的な姿勢に終始し、事案の解明及びえん罪被害の救済を阻んできた検察官は、再審開始決定に対する異議申立てを断念したにもかかわらず、さらには再審請求審にて提出した以上の新たな証拠調べを請求していないにもかかわらず、再審公判において有罪の弁論を維持した。この検察官の態度は、いたずらに従前の主張に固執していると言わざるを得ず、公益の代表者としてあるまじき、不誠実なものである。真摯な反省を求めるとともに、本判決に対する上訴権を速やかに放棄し、無罪判決を確定させるよう強く要請する。

 当会は、第1次再審請求審以来、前川氏の再審開始へ向けて支援を表明してきた。これまで無罪を訴え続けてきた前川氏とそのご家族、支援者の方々の努力に改めて敬意を表するとともに、今後も前川氏が無罪判決を確定させるまで支援を続けることを改めて表明する。

 

ところで、本件は、再審手続において、証拠開示制度が存在しないことや検察官による不服申立てが禁止されていないことなど、再審法の不備が無辜の救済を長きにわたり阻み続けてきたことを明らかにしている。よって、本判決を踏まえ、再審法改正の流れは、加速されなければならない。

この点、国会においては議員立法として提出された再審法改正案が継続審議となっているが、この再審法改正案は、「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」(再審法改正議連)が昨年3月に発足して以来、全国会議員の半数を超える議員の参加を得て、えん罪被害者、最高裁、法務省、日本弁護士連合会等からのヒアリングを実施して改正項目や条文案を検討するなどの精力的な活動を重ね、法案として結実させたものである。この改正法案は、①再審請求審における検察官保管証拠等の開示命令、②再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、③再審請求審等における裁判官の除斥及び忌避、④再審請求審における手続規定をいずれも定めようとするものであるが、これらの論点の多くはまさに本件えん罪被害救済において長期にわたって支障となってきた問題点を抜本的に見直すものであり、高く評価できる。

また、本県においては、昨年10月7日、福井県議会が、再審法改正を求める意見書提出に関する請願を採択したが、このように地方公共団体の議会や首長が再審法改正を求める意見等を表明する動きは全国に広がっており、速やかな再審法改正は全国的な民意となっている。

一方、再審法改正は、本年4月21日以降、法制審議会刑事法(再審関係)部会(以下「法制審部会」という。)の審議にも付されている。しかし、法制審議会は法務省が事務局を務めるものであるところ、この法務省は、一方当事者である検察官と密接な関係を有する官庁であって、かかる法制審議会が法改正の主導的な役割を担うことには懸念が残る。さらに、法改正に関する各論点について、法制審議会での審議・とりまとめが行われて法案化されるには相当な期間を要することは明らかであり、早期に改正が進む目処は立っていないと言わざるを得ない。

よって、当会は、国会が「国の唯一の立法機関」であるという権限の自覚と矜持をもって、再審法改正議連が提出した本法案の審議を速やかに進め、今秋にも予定されている臨時国会において本法案を可決・成立させることを求めるものである。

 

当会は、今後も、無辜の市民が罰せられることのないよう、捜査機関の有する証拠の全面開示といったえん罪防止のための制度改革や再審法の全面改正など、人権擁護と社会正義の実現に全力を尽くす所存である。

 

2025年(令和7年)7月18日

福井弁護士会

会長  後 藤 正 邦

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