会長声明 2006年04月28日 (金)
「弁護士から警察への依頼者密告制度(ゲートキーパー制度)」に反対する会長声明
FATF(金融活動作業部会:マネーロンダリングやテロ資金対策を目的としてOECD加盟国等で構成されている政府間機関)は、2003年6月、マネーロンダリングやテロ資金対策を目的として、従前から対象にしていた金融機関に加えて、新たに弁護士等に対しても、不動産売買等の一定の取引に関し「疑わしい取引」を、FIU(金融情報機関)に報告する義務を課することを勧告した。これを受けて、政府の国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部は、2004年12月、「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し、FATF勧告の完全実施を決めた。更に、2005年11月17日、FATF勧告の完全実施のための法整備の一環として、報告先であるFIU(金融情報機関)を、金融庁から警察庁へ移管することを決めた。
そして、政府は、このような警察庁に対する報告義務を課す制度、すなわち弁護士から警察への依頼者密告制度(ゲートキーパー制度)の法律案を、2007年の通常国会に提出することを予定している。
しかし、このような依頼者密告制度は、市民が弁護士の守秘義務のもとで相談することができる権利を侵害し、市民と弁護士の信頼関係を損なうものである。いうまでもなく、弁護士の守秘義務は信頼関係の基礎である。弁護士が秘密を守るとの信頼があるからこそ、市民は安心して弁護士に相談することができる。自分の取引が「疑わしい」との理由で、弁護士から警察へ密告される恐れがあると、市民は安心して相談することができず、適切な助言を受けることもできなくなる。
また、このような依頼者密告制度は、弁護士の国家権力からの独立性を危うくし、弁護士制度の根幹を揺るがすものである。
弁護士は、刑事事件の弁護人など多くの場面で、警察機関とは制度的に対抗する関係にある。その弁護士が、依頼者の取引を「疑わしい」との理由で、警察に密告する義務を負うと、国家権力から独立して市民の権利を擁護するという使命を果たせなくなる。更には、市民の情報やプライバシーまでが警察に密告されることになり、警察機関による監視社会や密告社会を招来する恐れがある。
諸外国においても、各国の弁護士会はこのFATF勧告の法制化に反対している。アメリカでは、ABA(アメリカ法曹協会)が強く反対して、未だに立法化への動きは見られない。カナダでは、一旦は法制化されたが、裁判所による執行差止の仮処分が認められ、弁護士への適用は政府により撤回されている。ベルギーやポーランドでも、弁護士会が裁判所に提訴して争っている。
当会としても、マネーロンダリングやテロ資金対策の必要性を否定するものではない。しかし、このように弁護士の警察庁に対する報告義務を課す制度は、市民が弁護士の守秘義務のもとで相談することができる権利を侵害し、市民と弁護士の信頼関係を損ない、弁護士の国家権力からの独立性を危うくして、弁護士制度の根幹を揺るがすものであり、更には、警察機関による監視社会や密告社会を招来する恐れがある。
よって、当会は、弁護士から警察への依頼者密告制度(ゲートキーパー制度)の法制化に強く反対するものである。
平成18年4月28日
福井弁護士会
会 長 山 川 均