会長声明 2012年07月25日 (水)
秘密保全法制定に反対する会長声明
「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」は,2011年8月8日,秘密保全法制を早急に整備すべきである旨の「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」を発表した。その上で,政府における情報保全に関する検討委員会は,2011年10月7日,次期通常国会への提出に向けて法案化作業を進めることを決定した。政府は今年の3月,いったん通常国会への提出を見送ったものの,法案制定そのものを断念したわけではなく,早ければ次期臨時国会にも提出されるおそれがある。
当該秘密保全法制については,以下に述べるように,国民主権原理から要請される知る権利を侵害するなど,憲法上の諸原理と正面から衝突するものであり,国民の間で議論が十分になされていない状況下で立法化を早急に進めることは,民主主義国家の政府の態度として極めて問題である。
当該秘密保全法制検討のきっかけとなった尖閣諸島沖中国船追突映像流出は国家秘密の流出というべき事案とは到底言えないものであり,立法を必要とする理由を欠くと言わざるを得ない。仮に,秘密とされるべきものがあるとしても,秘密保全のために新たな法制を設ける必要性はなく,国家公務員法等の現行法制でも十分に対応できるものであり,新たな法制化の必要性が何ら示されてはいない。
当該秘密保全法制では,規制の鍵となる「特別秘密」の概念が曖昧かつ広範であり,かつ,何を特別秘密とするかを決めるのが各行政機関に委ねられており,本来国民が知るべき情報が国民の目から隠されてしまう懸念が極めて大きい。また,罰則規定に,このような曖昧な概念が用いられることは,処罰範囲を不明確かつ広範にするものであり,罪刑法定主義等の憲法上の権利と矛盾抵触するおそれがある。
禁止行為として,漏洩行為の独立教唆,扇動行為,共謀行為や,「特定取得行為」と称する秘密探知行為についても独立教唆,扇動行為,共謀行為を処罰しようとしており,単純な取材行為すら処罰対象となりかねず,そこでの禁止行為は曖昧かつ広範であり,この点からも罪刑法定主義等の刑事法上の基本原理と矛盾するものである。現実の場面を考えても,取材及び報道に対する萎縮効果が極めて大きく,国の行政機関,独立行政法人,地方公共団体,一定の場合の民間事業者・大学に対して取材しようとするジャーナリストの取材の自由・報道の自由が侵害されることとなる。
また,大学などの独立行政法人を秘密保全法制の適用対象とすることは,学問・研究活動を国家秘密の対象とするものであり,学問,研究活動の自由を侵害するものである。特に本県との関係では,これまで原子力に関する情報が十分市民に公開されてこなかったことが原子力発電所に関する様々な事故の一因になってきたと考えられるところ,独立行政法人が秘密保全法制の適用対象とされることによって,原子力に関する研究を行う独立行政法人の情報を入手することが更に困難となるおそれがある。
報告書では特別秘密を取り扱う者自体の管理に関して,人的管理の必要性を詳細に論じているが,情報システムの管理に対する無関心やルーズさにこそ問題があることを自覚し,見直すべきであって,人的管理の対象者及びその周辺の人々のプライバシ-を空洞化させるような方向は本末転倒である。人的管理に偏することなく,むしろ作成・取得から廃棄・移管までの各段階において,情報システムの管理の徹底など個別具体的な保全措置を講ずる物的管理と組み合わせることにより対応すべきである。
さらにいえば,当該秘密保全法制に関わり起訴された者の裁判手続は,憲法に定められた基本的人権である公開の法廷で裁判を受ける権利や弁護を受ける権利を侵害するおそれがある。
以上の理由から,当会は,当該秘密保全法の制定には反対であり,法案が国会に提出されないよう強く求めるものである。
2012年(平成24年)7月25日
福井弁護士会
会長 和 田 晋 一