会長声明 2026年07月01日 (水)
国旗損壊罪の法制化に反対する会長声明
1 はじめに
自分で購入した国旗を、政府への抗議の意思を示すため、街頭で破いたとする。誰かを傷つけたわけでも、他人の財物を壊したわけでもない。それが犯罪になる――今、そのような法律が作られようとしている。このような法律が、何のために必要なのか、憲法上このような立法が許されるのかが問われている。
自由民主党、日本維新の会、国民民主党及び参政党は、2026年6月16日に、日本国の国旗の損壊等を処罰するいわゆる「国旗損壊罪」を規定する「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」(以下「本法案」という。)を国会に提出した。
2 立法事実の不存在
本法案を作成した自民党のプロジェクトチームは、国旗損壊罪創設の必要性を基礎付ける国内の具体的損壊事例を2件挙げているが、現実に公然と国旗を損壊する行為が社会問題となっているとはいえない。また、現行法においても、器物損壊罪、威力業務妨害罪等の既存の法律で手当が可能である。つまり、最も強力な国家権力の行使である刑罰をもって臨むべき立法事実は客観的に存在しない。
それでもなお、国旗損壊罪を創設しようとするのは、たとえ自己所有の国旗を、他者の権利を侵害しない態様で損壊するものであっても、国旗を損壊すること自体を罰しようとしているからにほかならない。そうであるが故に、国旗損壊罪は、以下に述べるように、憲法上保護されるべき基本的人権である表現の自由を侵害するものとなっている。
3 表現の自由(憲法21条)の侵害
民主主義社会においては、自由な言論のもとに議論が積み重ねられ、最終的には全会一致とはならなくとも、多数決により政策が決定される。ある政策に、少数派の意見は反映されず、多数派の意見のみが政策に反映されることが許されるのは、その決定過程で、たとえ少数派であっても自由な言論が保障され、十分な議論がなされているからである。つまり、言論の自由は、民主主義社会を成り立たせる重要前提条件である。
そして、言論活動は、議会のみで行われるものではなく、市民一人一人が市中で政府の政策や体制に賛成、反対様々な意見を表明することも当然含まれる。国旗を損壊する行為は、言論活動の一環として政府の政策や体制に対する批判・抗議を示す表現の一つであり、民主主義社会において最も保護される言論活動に含まれる。にもかかわらず、刑罰で禁じることは、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」とした憲法21条への重大な侵害となる。
本法案の第3条は「この法律の適用に当たっては、表現の自由その他の日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に侵害しないように留意しなければならない。」とある。しかし、上述したように、国旗を損壊する行為自体が表現の自由として保障されるものであるから、本法案が法律として制定された場合に、表現の自由を侵害しない法適用などあり得ず、同法3条は、はじめから死文化するおそれがある。
しかし、それでもなお、国旗損壊罪が法制化された場合、有形無形の同調圧力が働き、市民は「この表現は誰かを不快にさせ、処罰されるのではないか」という自己検閲(自粛)を強いられる可能性がある。国旗は、政治的抗議はもとより、芸術表現・風刺・パロディ・漫画・アニメ等のポップカルチャーから商業広告・スポーツ応援に至るまで、広範な表現活動に利用されているが、国旗等損壊罪の法制化により、深刻な萎縮効果をもたらすことになりかねない。
4 外国国章損壊罪との均衡論の誤り
国旗損壊罪の法制化を肯定する意見の中には「刑法92条が外国の国旗・国章の損壊を処罰しているにもかかわらず、日本国旗には同様の規定がないのは矛盾だ」として均衡の是正を立法理由に挙げるものがある。しかし、この「均衡論」は保護法益論の基本的理解を欠いた論拠である。
刑法92条の外国国章損壊罪は、1891年(明治24年)の大津事件を契機として、「日本と外国との円滑な外交という外交上の保護法益」を守るために設けられたものである。
これに対し、日本国民が日本国内で日本国旗を損壊したとしても、それが他国との外交問題や国際緊張に発展するとは論理的にあり得ない。守るべき法益が根本的に異なる両者を「同じ国旗を扱う」という外形的類似のみで同列に論じる「均衡論」は、刑法の根幹をなす保護法益論を無視したものであり、是正の必要はない。たしかに、国旗を尊重したい方がいるのは理解するところであるが、抗議の表現として国旗損壊に該当する行為を否定することで、表現の自由を侵害し、表現の自由に萎縮をもたらしてはならない。
5 結語
以上のとおり、国旗損壊罪は、立法事実が存在しないにもかかわらず、憲法21条が保障する表現の自由を侵害し、国民の表現活動に萎縮効果をもたらす違憲立法である。
よって、当会は、国旗損壊罪の法制化に強く反対する。
2026年7月1日
福井弁護士会会長 神田 芳和