会長声明 2009年12月24日 (木)
葛飾ビラ配布事件最高裁判決に関する会長声明
2009(平成21)年12月24日
福井弁護士会 会長 黛 千 恵 子
最高裁判所第二小法廷は、本年11月30日、マンション各戸のドアポストへの政党の政治的意見を記載したビラ等の投函が住居侵入罪に該当するとした東京高等裁判所判決に対する上告を棄却する判決(以下、本判決という)を言い渡した。
本判決は、「表現の自由は、民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならず」としたものの、「たとえ表現の自由の行使のためとはいっても,そこに本件管理組合の意思に反して立ち入ることは,本件管理組合の管理権を侵害するのみならず,そこで私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害するものといわざるを得ない。」などとして、「本件立入り行為をもって刑法130条前段の罪に問うことは,憲法21条1項に違反するものではない。」とした。
憲法21条1項が保障する表現の自由は、人間の本質的な属性である精神活動を充足するものであるというにとどまらず、民主主義社会が国民の自由な討論と民主的な合意形成によって成立するという意味で、その基盤を構成する重要な権利である。また、本件のようなビラ配布は、経済力に乏しく発言の場を容易に持てない市民が利用可能な数少ない表現手段である。
そうすると、本件のビラ等の投函は、憲法が保障する基本的人権の中でも、いわゆる優越的地位が認められる重要な権利であるから、裁判所は、「憲法の番人」として、表現の自由に対する規制が必要最小限度であるかにつき、厳格に審査しなければならない。このことは、憲法解釈上自明であり、日本弁護士連合会も、本年11月6日に開催した人権擁護大会において「表現の自由を確立する宣言」として採択し確認しているところである。
しかるに、本判決は、前記のとおり、表現の自由とこれと衝突する権利である管理組合の管理権及びマンション住民の私生活の平穏とを並列的に論じ、後者が具体的に侵害されたかを十分に検討することなく結論を導いた。表現の自由が前記の性質を持つ重要な権利であることに鑑みれば、管理組合の管理権に対しては優越的な地位を有するのであるから、その点を含めた慎重な検討が必要であるし、私生活の平穏に対する侵害を問題にするのであれば、その侵害の程度が、表現の自由の権利としての重要性を前提にしながら、さらに受忍限度を超えたと言えるか否かを含めて具体的かつ慎重な検討が必要だと考えられるが、そういった厳格な審査を行ったとは考えにくい。
また、刑事処罰は人権制約の度合いが極めて大きいことから、刑罰権の行使には謙抑性が求められるところ、民事上においてすら、本件のような事案で住民の被告人に対する損害賠償請求が容易に認められるとは考え難く、本判決には上記の謙抑性の観点からも疑問が生じる。
国際人権(自由権)規約委員会は、2008年10月、「政府に対する批判的な内容のビラを私人の郵便受けに配布したことに対して、住居侵入罪もしくは国家公務員法に基づいて、政治活動家や公務員が逮捕され、起訴されたという報告に懸念を有する」旨の表明をし、日本政府に対し、「表現の自由に対するあらゆる不合理な制限を撤廃すべきである」旨勧告した。本判決は、本件逮捕・起訴が国際的に批判される中で、敢えてこれを是認したもので、その問題性は、極めて大きい。複数の新聞報道がその社説等において、本判決が表現活動に対して萎縮的効果をもたらすことを危惧しているが、正鵠を得たものといえよう。
よって、当会は、裁判所に対し、今後ビラ配布を含む表現の自由の重要性に十分配慮し、国際的な批判にも耐えうる厳密な利益衡量に基づく判断を示すよう強く要望する次第である。