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声明・意見書

「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」に関する会長声明

政府は、4月19日、「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」を発表し、これを踏まえ、文部科学省は、福島県教育委員会等に同名の通知を発出した。これによると「児童生徒等が学校等に通える地域においては、非常事態収束後の参考レベルの1~20mSv/年を学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的な目安と」するとされている。これは、従前の一般公衆の被ばく基準量(年間1mSv)を最大20倍まで許容するというものであり、文部科学省は、その根拠として、「安全と学業継続という社会的便益の両立を考えて判断した」と説明している。
しかしながら、この考え方には以下に述べるような問題点がある。
上記で示された基準は、国際放射線防護委員会(ICRP)のPublication109(緊急時被ばくの状況における公衆の防護のための助言)における非常事態収束後の参考レベルを根拠とするものであるが、これは成人から子どもまでを含んだ被ばく線量を前提とするものであり、多くの研究者により成人よりも子どもの方が放射線の影響を受けやすいとの報告がなされていること、放射線の長期的(確率的)影響をより大きく受けるのが子どもであることへの配慮を欠くものと言わざるを得ない。
また、文部科学省は、電離放射線障害防止規則3条1項1号において、「外部放射線による実効線量と空気中の放射性物質による実効線量との合計が3月間につき1.3ミリシーベルトを超えるおそれのある区域」を管理区域とし、同条3項で必要のある者以外の者の管理区域への立ち入りを禁じている。この基準を年間換算したときには5.2mSvに相当するところ、上記の基準は、これをはるかに超える被ばくを許容することを意味する。これに加え、同規則がある程度の被ばく管理が可能な事業における放射線を利用する場面を想定しているのに対し、現在のような災害時においては天候条件等によって予期しない被ばくの可能性があるのであり、このことからしても、上記の基準には疑問を呈せざるを得ない。
もとより学校は、子どもの成長にとって最も必要かつ重要な施設の一つであり、校舎内における授業を通じて子どもの学力を向上させるのみならず、校庭での体育の授業や遊びを通じて、体力を向上させ、社会性を醸成する場でもある。上記基準によれば、このような校舎外での活動を制限させることにもなりかねず、子どもの教育環境として適切なものといえるのか根本的な疑問がある。
そもそも、従前の基準(公衆については年間1mSv)は、様々な社会的・経済的要因を勘案して、まさに「安全」と「社会的便益の両立を考えて判断」されていたものである。他地域で教育を受けることが可能であるのに「汚染された学校で教育を受ける便益」と被ばくの危険を衡量することは適切ではない。この基準が、事故時にあたって、このように緩められることは、基準の策定の趣旨に照らして国民の安全を軽視するものであると言わざるを得ない。
福井県は、国内で最も多い原子炉15基(うち運転中は13基)が設置されており、福島第一原子力発電所で起きた事故を、対岸の火事として済ますわけにはいかない。むしろ、同様の事故は、福井県内でも起こりうるものとして、これを認識する必要がある。今回、この基準が適用されるとすれば、もし、福井県内で、同様の事故が起きたときにも、同様の基準が適用されるおそれがあり、そうなれば、福井県において子どもが適切な環境で教育を受ける権利が害されかねない。今、必要なことは、成人よりも子どもの方が、放射線の影響を受けやすい可能性があるとともに、放射線の長期的(確率的)影響をより大きく受ける可能性があることを前提として、子どもがより良い環境で教育を受けることができる環境を整備することである。
よって、当会は、文部科学省に対し、以下の対策を求める。
1 「福島県内の学校等の校舎・校庭等の利用判断における暫定的考え方について」を速やかに撤回すること。
2 福島県内の教育現場において速やかに複数の専門的機関による適切なモニタリング及び速やかな結果の開示を行い、上記通知に代わる子どもの教育環境に配慮した基準を示すこと。
3 福島第一原子力発電所で起きた事故により被災した地域に居住し、あるいは居住していた子どもが、より良い環境で教育を受けることができるよう、汚染された土壌の除去、除染、客土などを早期に行い、あるいは速やかに基準値以下の地域の学校における教育を受けられるよう対策を講じること。
4 被災した子どもが、やむなく他の地域で教育を受けざるを得なくなった場合には、被災した子どもが、いわれなき差別を受けることがないよう対策を講じること。

2011年(平成23年)4月28日

福 井 弁 護 士 会
会長  安 藤  健

2011年04月28日

会長声明