弁護士の活動

声明・意見書

あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」に対する展示妨害等及び名古屋市による展示中止要求に抗議し,文化庁による同芸術祭への補助金不交付決定の撤回を求める会長声明

1  「表現の不自由展・その後」の展示妨害等に抗議する
(1) 2019年8月1日から10月14日までの予定で愛知県において開催されている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(以下「本件芸術祭」という。)の企画展「表現の不自由展・その後」(以下「本件企画展」という。)が,開始からわずか2日後の8月3日に中止された。
本件企画展は,韓国人作家が制作した「平和の少女像」など,過去に展示を拒否されたり公開中止になったりした作品を展示したものであるが,一部には,昭和天皇の写真等が燃える映像をその一部に含む映像作品を含めて,本件企画展で初めて公開されるものも含まれていた。
(2) 本件芸術祭は,愛知県知事が会長,名古屋市長が会長代行を務める官民一体の実行委員会(事務局は愛知県の担当部局内に置かれている。)によって実施され,入場料収入以外は,愛知県及び名古屋市の負担金並びに補助金を財源として運営されていた。
本件企画展は,本件芸術祭実行委員会が同企画展実行委員会に業務委託したものであり,本件芸術祭実行委員会が借り受けた愛知県美術館の会場の一角を利用し,上記業務委託契約に基づく契約金等を使って運営されていた。
(3) 愛知県は,本件企画展を中止とする判断をした理由として,本件芸術祭実行委員会の事務局等に対し,ガソリンを用いた放火テロを予告する脅迫FAX及び脅迫とも取れる電話やFAX,メールが多数寄せられたことから,芸術祭全体の円滑な運営が困難になったと説明した。同県が設置した検証委員会によれば,寄せられた「死ね」「ぶち殺すぞ」等の誹謗抽象的発言を含む電話やFAX,メールは合計1万件を超えていたという。
(4) 表現の自由は,民主主義社会を支える最も重要な基本的人権であり,芸術を含む多種多様な 表現活動の自由が保障されることが必要不可欠である。 テロを予告して展示中止を求める行為は,脅迫罪や威力業務妨害罪などに該当する犯罪であって許されるものではないことは当然であるが,自己の思想信条と相容れない表現活動を正当な言論等によらないで抑え込もうとすることは,いかなる思想信条に基づくものであっても,決して許されるべきではない。

2  名古屋市による展示中止要求に抗議する
(1) 名古屋市(河村たかし市長)は,本件芸術祭実行委員会に対し,本件企画展の展示中止発表前日の8月2日,「日本国民の心を踏みにじる」などとして,展示中止を含む対応を求める抗議文を提出した。しかし,「日本国民の心を踏みにじる」という評価は,同展示の表現に対する多種多様な評価の一つのみを恣意的に取り上げるものに過ぎず,実行委員会の一翼を担う自治体が,特定の価値観にしたがって展示を打ち切るよう求めることは,表現の自由を脅かす行為である。
(2) 公金の支出を理由としてこうした行為を正当化する言説があるが,例え公金の支出を伴う事業であっても,他者に対する人権侵害の防止や関係者の安全確保の差し迫った必要性が認められる等の合理的理由もなく,一旦決定した表現行為に対する公的援助を,表現内容に着目した恣意的な理由から打ち切ることは,表現の自由の侵害にあたる。
行政が,公金の支出を理由に,表現行為の内容を評価して恣意的に選択し援助の可否を決定できるなら,公立図書館から行政の意に沿わない図書が消え去る危険が生じるが,それがわが国の民主主義に重大な危機をもたらすことは,誰の目にも明らかであろう。
(3) よって,当会は,名古屋市に対し,表現の自由を脅かす本件企画展の中止要求に対し,強く抗議する。

3  文化庁による本件芸術祭への補助金不交付決定の撤回を求める
(1) 文化庁は,2019年9月26日,本件芸術祭に対する補助金(文科資源活用推進事業 申請額約7800万円)について,補助金適正化法第6条等を根拠に交付しない決定をした(以下「本件不交付決定」という。)。
同補助金については,文化庁から愛知県に対して補助金対象事業として採択する旨を事前に通知していたにも関わらず,菅官房長官が,8月2日の記者会見において本件企画展に関する質問に対して「事実関係を精査した上で適切に対応したい」と述べ,さらに同月26日の記者会見では「国民の税金で賄われている補助金の取り扱いに関することだ。文化庁が事実関係を確認した上で、適切に対応を行うと考えている」と述べて,補助金を交付するかどうか慎重に判断する考えを繰り返し示していた。
なお,本件不交付決定の前日には,愛知県の大村知事が,検証委員会の中間報告書の内容を踏まえて本件企画展の再開を目指すことを発表していた。
(2) 文化庁が不交付を決定した理由は,愛知県が,「来場者を含め展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な事実」を認識しながらこれを申告せずに補助金交付申請をしたこと等により,事業の実現可能性及び継続性に関する適正な審査が出来なかったことが,申請手続の不備に当たる,というものである。
しかしながら,展示が中止されたのは本件企画展であって,本件芸術祭全体の実現可能性や継続性に疑問が生じる事態は,何ら生じていない。
一部展示が中止になったとしても,交付決定に当たって補助金の一部を減額し,または愛知県からの実績報告書の提出を待って補助金の一部を減額支給することは制度上可能であったにもかかわらず,採択の通知を受けて開催中の本件芸術祭について補助金全額を不支給とすることに合理的理由は見出しがたく,前述の菅官房長官の発言内容と相まって,本件企画展の実施及びその内容そのものを問題視した決定と評価せざるを得ない。
(3) 文化芸術基本法前文は,「文化芸術の礎たる表現の自由の重要性を深く認識し,文化芸術活動を行う者の自主性を尊重すること」をわが国の文化芸術振興施策の基本としている。
今回の文化庁の補助金不交付決定は,文化庁が施策を推進する上でよって立つべき同法の上記理念に真っ向から反し,わが国における表現の自由,文化芸術活動の自主性を脅かす職権濫用といわざるを得ない。
本件不交付決定により,展示に対する悪質な抗議活動等によって混乱が生じ展示の一部が継続できなくなれば,事後的にでも補助金不交付決定がなされ得るという「前例」ができたことになる。これにより,今後,補助金支出を伴う文化芸術事業において,物議を醸す恐れのある展示は避けるなどの強い萎縮効果が生じ,また,特定の文化芸術活動に対する悪質な抗議活動が助長されることが危惧されるところであり,かかる悪しき「前例」は,速やかに是正されなければならない。
(4) よって,当会は,文化庁に対し,本件芸術祭への補助金不交付決定の速やかな撤回を求める。

4  自由な表現と芸術が守られる社会のために
本件企画展について,その評価についてはさまざまな意見が市民の中にあることは,十分理解できるところである。しかし,異なる立場の者に対してもその意見等を表明する表現の自由を保障することは,民主主義社会の維持発展にとって不可欠である。
当会は,今後とも,基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士の使命を自覚し,自由な表現と芸術が守られる社会の実現のためにあらゆる努力を続ける決意である。

 

2019年(令和元年)10月8日
福井弁護士会
会長 吉 川 健 司

2019年10月09日

会長声明